母が教えてくれた認知症という病気の正体④父から電話

代表ブログ

2019年5月28日の記事です
連載記事です
母が教えてくれた「認知症」という病気の正体①緊急事態発生
母が教えてくれた「認知症」という病気の正体②父への手紙
母が教えてくれた「認知症」という病気の正体③母の願い



父への手紙をポストへ投函してから3日目。父から電話がかかってきました。

私には、父の性格も父の行動も想像がつくので、きっと父本人の口から、手紙が届いたことを話題にはしないだろうと予想していました。だから、父が話したいように話してもらって、ただ、聞こう、と決めていました。

もうすでに、私の思いの丈は、精一杯手紙で伝えてあるもんね…。

電話を取ると、
「ああ、お父さんです。」

「お父さん、おはよう。体調、どう?腰は?手首は?」

「うん。この前よりかは、すこーしはマシになったかなぁ。調子の良かったけんなー。調子に乗ったとやろうなー(笑)痛みのなくなったときにもう大丈夫やろうって、行かずにおったけどまた治療に行きよるけんね。まぁ、ボチボチやりよります。そうそう。あっくん、先生にボトックス打ってもろうてきたばい。そしたら『カラダのよう動く~』っていうて昨日はいつもの二倍の時間、訓練したぞ!先生と山登りの予定のあるやろうが?そいけん、がぜんやる気になっとっと(笑)」

「そいは、良かったね!あっくんさ、この前会った時にフツーに座っとるときも姿勢の保てんでからコロンコロン床に転がって倒れよったけん『あっくん、大丈夫?座れとらんたい!』って言うたら『カラダの言うこと聞かんとやもん。ボトックスの切れたけん、緊張の強く出るとさ』って。コロンコロン倒れるとの可笑しかっていうて兄ちゃんとゲラゲラ笑いよるとって言いよったもんね(笑)」 ボトックスというのは、筋肉の緊張を緩める注射で弟の担当の整形外科医の秋山先生が数ヶ月おき定期的に行っている治療のひとつです。

そんな会話で、ゲラゲラと大笑い。ひとしきり笑い、場が温まったところでようやく、父がポツリ。

「手紙、届いたよ、ありがとうね。おうち(あなた)が書いてくれたことはオイも、ようわかっとっと。オレの言葉が足りんともオレの言い方が悪かともようわかっとっとさなぁ…(沈黙)」
  
「うん。お父さん。ありがとう。手紙ぜんぶ読んでくれてありがとうね。言われたくなかったことたくさん書いてしまったけど、ぜんぶ読んでくれて、嬉しい。心配せんでも大丈夫て!これから、みんなで力ば合わせてやっていこう!みんながどうやったらストレスなくて笑って過ごせるかばみんなで相談して、考えよう。ね。お母さんさ、初めて、自分がこうしたいって言葉に出したしここからがスタートやけん。お父さんも、疲れとるけんしばらくゆっくり休まんね。私が、お母さんの安定するまでお母さんのそばにおるけん。安心して。だいじょうぶよ。お父さんも、お母さんも、二人とも相手のことを思い合っとるし二人ともお互いに優しい気持ちになりたいって思っとるし目的は、同じ方向、向いとるもん。大丈夫。方法は、私が探すけん、私に任せんね!」

 
窮地に追い込まれれば追い込まれるほど魂が燃え滾るのは私の性分。

そして、やると決めたらやる。

そのむかし、両親は、たびたび言っていた。
「まーちゃんは一度言い出したら聞かんもん」
「こっちが根負けする」

妹から、たびたび言われていた。
「ねーちゃん、もう!しつこい!」
「いい加減、諦めてくれんかな」

そう、私は、しつこい。
ゼッタイに諦めない。

しつこくしつこく、ずっと根に持ち続けどこまでもしつこく粘る。

そんな厄介で嫌われがちな私のしつこさネガティブは「しぶとさ・粘り強さ・諦めない気持ち」へとポジティブ変換され、いつも、土壇場になると、大いに本領発揮されてきた。
    
「ありがとうね。」と、父が言った。

そうなのだ。父は常にありがとうを欠かさないし、十分にベストを尽くしている。だけれども、そのやり方のまんまだと、母には伝わらなくて望む結果が出ていないだけだ。

「私に任せろ!」と言ったものの
「大丈夫!」とは言ったものの
この時点で、ノープラン。

「大丈夫」「大丈夫」の言葉を、父にではなく、まるで自分に言い聞かせてるみたいに何度も大丈夫と言った。

いま、全然大丈夫じゃないんだけれども、なぜか「大丈夫」にしていける、例えようのない根拠のない自信が私の奥で沸沸と音を立てているのを感じていました。

私が講座の中でいつもお伝えしていることです。

物事はシンプルです。因果応報。つまり、原因があり、手段を経て、結果へ至っています。望む結果を手に入れるためには、今までのプロセスを変えるだけ。今までに、あなたが選択した方法で望む結果を手に入れられましたか?原因は明白ですよね?だったら、プロセスを変えればいいの。その方法が、アシタスタイル®メソッドです!

と。
これは、アシタスタイルの講座では、受講される皆様へ、毎回、毎回、コミットメントしていることそのもの。

そう、私は大丈夫。ずっとこれでやってきたんだから。

すでに母が叶えたい望みは、本人が勇気を振り絞りハッキリと口に出しました。

・外へ出たい。
・一人で自由に出かけたい。
・怒鳴られたくない。
・いつも笑顔で優しい世界に住んでいたい。
・お洒落をしたい。
・愛する夫を憎みたくない。

母は、望みを叶える方法が、分からずにいる。
父のやり方では、母の望みを叶えられない。

だとすれば、原因を明白にし、プロセスを変えれば、望む結果は、必ず、出せるということ。

この時点で微かに見えていた一筋の希望の光は

心の中の一切を包み隠さない正直すぎる父と、メンタルもフィジカルも強靭な母、性根の歪んでいない真っ直ぐな二人の姿でした。

だから、心に決めたのです。
(二人のソコヂカラを徹底的に信頼しよう。)
(周りの皆さんの力を借りよう。)
(私の力を信頼しよう。)
(乗り越えられない壁はない。だから何とかする!)

私が私の耳元で囁く。

そうよ。何てことないのよ。思っていることを、口先だけ言って終わらせるのではなくて、そのまんま行動に移して、一つずつやればいい。四の五の言わずにやればいい。アシタスタイルを創ったあなたは、いつもお客様へ言ってることじゃない?人には無限の可能性があるよって。あなたはまだまだこんなものじゃない!って。でしょ?
  

そうだ。私はまだまだこんなもんじゃない。父は、こんなもんじゃない。母は、こんなもんじゃない。

こうやって綴りながらも、消えそうに小さくなっていたあの頃の母を思い出します。東京の桜は満開だったけれど母はまだ、ずっと閉じていていつ開くのかわからないこのまま開くことなく枯れてしまうのかも知れない硬い硬い蕾(つぼみ)のままでした。

さて
母を東京へ避難させて2ヶ月間。この後は、母が取り組んだこととそれにより起こった母の変化を記します。

つづく⇒  母が教えてくれた認知症という病気の正体⑤決めた母