母が教えてくれた「認知症」という病気の正体①

井手口です。

私の発信を楽しみに待っていてくださる皆様。
ご無沙汰してしまい、ごめんなさい。

緊急事態により、生活が一変しました。

問題は非常に根深く、
私一人では、到底、解決できません。

「さて、これからどうしようか…」
日々、考えながら過ごしています。

 

2019/3/18。福岡出張講座の後、
長崎の実家へ帰省した際に発覚した、衝撃の事実。

 

それまで実家へは、定期的に電話をしていました。
父とも話をしていました。
母とも話をしていました。
兄とも弟とも話していました。
家族みんなで仲睦まじく、うまくやっているとばかり思っていました。

 

が、
それは、対外的でした。

上っ面の仲良し風味な家族でしかなく、特に、両親の関係が最悪でした。

 

 

客観的に、外側から、
認知症の母が、家族と暮らす様子を半日ほど見ていて

無意識に私の口をついて出た言葉。

 

「お母さん。私が戻るときに、一緒に東京に来る?」

 

「うん。行きたいです。」

「行っていいの?」と、母は言いました。

 

 

今までの母なら、誘っても「いいよ、いいよ」と、遠慮していたのに

今回ばかりは「お父さん、行ってもいい?」と
自ら父に交渉した。

 

 

母を、父のもとから、エスケープさせることにしました。

 

母連れで帰ることを

夫へメッセージと
続けて会社へ、スタッフ宛にメッセージ。

「母が来たいというので、
母を連れて上京します。

母を一人では置いておけないので
東京へ戻ったら、会社へ一緒に出社することになります。

宜しくお願いします。」

 

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これからここへ綴っていくことは

私だけの問題ではなく

私の両親の関係性だけでなく

私の家族問題だけでなく

 

日本中の多くの家庭、

日本社会で起こっている深刻な問題だと思います。

 

その問題とは、

男尊女卑。

 

自立することを許されない
虐げられ続ける女性の叫び。

 

人間の根っこに蔓延り
決して終わることのない性差別。

 

facebookで少し発信していたので
時系列も含めて、書いていきます。

 

***************

長崎滞在一日目 2019/3/18  13:30

博多駅から長崎駅へ向かい、
父と兄が、車で、迎えに来てくれる。

実家へ帰る途中、
ドラッグストアへ立ち寄ってもらい、
母に似あいそうな色のマニキュアを購入。

 

男三人の中で女一人。
唯一おしゃれ心があるのは身体の自由が利かない弟だけ。

身体の自由が利くのに、父も兄も、
全く身なりに気遣う人ではないから、
母のおしゃれ心を満たすことなどできなくて

きっと、
「おしゃれしたい」「新しい服が欲しい」と言いたくても言い出せずにいるであろう母へ

もしかしたら

病状が進行し、粗相しているかもしれない。
恥ずかしくて言えないままに
汚した下着を隠してしまったら
使える下着が無くなってしまうかも知れない…

 

そんなことを考えながら

母に会える時にはいつも、

娘の私にしか理解できない、母のオンナゴコロと、女としての誇りを、

身綺麗にしていたい想いを
満たしてあげたいと思う。

 

母と過ごすときは一緒にお出かけして、下着や服、お化粧品の新調をしたりします。

 

女は、どんなに年齢を重ねても、死ぬまで女。

 

女の身繕いは、身だしなみです。

 

女の性(さが)というものです。

 

「清潔」と「清潔感」が同義語と思っている鈍感な男たちには、わからない。

身だしなみの意味を
理解など、出来はしない。

 

オンナはオトコのためでなく、
己のモチベーションのために化粧する。

オンナであるために、身綺麗にするのです。

 

顔へのお化粧って、
してもしなくても
自分の目では見えないけれど、

爪ならいつも目に入るから。

爪をきれいにピカピカに磨いたり
色を付けるだけで、
母は、たったそれだけで、笑顔を取り戻し、急速に機嫌が良くなる。

 

一本360円で。

 

 

***************

長崎滞在二日目 2019/3/19 10:00

アルツハイマー型認知症を診断した
医師のもとへ、母に付き添いクリニックへ。

予約していた診察日でタイミングよく、医師との面会も叶いました。

 

40代前半くらいの男性医師。

 

母の愚痴は、留まることがない。

父への、父の兄弟への、姑への、
恨み辛みを永遠に繰り返す母。

それに対し医師は、

病の当事者である母の話に耳を傾け寄り添うというよりは、

認知できず理解不能になった人間からの止まらない攻撃に、ガマンしながら同居する父のストレスや心労や苦悩に対しての味方、
という印象でした。

 

「お父さんは、真っ直ぐで、
正義感が強い人だからね。」と言った。

 

「先生。父も疲れ果てているし、
母もストレスを抱えているから、
私が東京へ戻る時に、
母を一緒に連れて行きます。」

そう医師へ告げると

「そうしてもらえると僕も助かります。
お母さんを施設に入れることも
話していたところだったから。」

と、母 本人がいる前で、
何の配慮もなく、私へ告げた。

 

えっ?
母を施設へ入れる?
そんな話が進んでいたの???

 

愕然とした。

 

同時に、

そんな大切な話を
父からではなく、
医師から告げられたことのほうが、哀しかった。

 

 

肝心なことを、肝心な時に話さない。

 

面倒くさいことを後回しにする。

 

やりたくないことを、他人にやらせる。

 

都合が悪くなると、黙る。

 

そして、キレる。

 

 

昔からずっとそうだった。

父の、悪い癖。

 

母は、そんな父の悪癖すらも
すべて受け入れ、支え続けた人でした。

最も貢献しているのに

いつも母は、蚊帳の外。

 

 

********************

東京へ戻ってきてからは

とにかく、母を冷静にさせることを心がけました。

母を笑顔にするにはどうしたらいいか?ばかりを考え、行動しました。

 

母は、遠慮ばかりで、自分の意思を通すこともなく蔑ろにしてきたから

母自身に「どっちがいい?」を訊ね「好きを選ばせる」ことを、何度も何度も繰り返しました。

 

 

朝ごはんには、

せとかやはるみなどの果汁たっぷりの柑橘を、目の前でカットして、香りを嗅いでもらったり

淹れたてのコーヒーの香りや

出来立ての食事の匂い

焼きたてパン屋さんの前の匂い

私の香水を纏ってもらって、自分を好きな香りで纏うことなど

新しい脳へではなく、本能的な古い脳へ【香り】を使って刺激をアプローチしました。

 

香りを嗅ぐたびに母は鼻を近づけ

「わぁ!!いい匂い!」

頬を薔薇色に染めて大喜びした。

 

だけど、そんなゴキゲンは、ほんの一瞬で

やっぱりネガティブが止まらなくて

来る日も来る日も、目に涙を浮かべながら、父への祖母への恨み辛みを放出し続けた。

 

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2019/3/28  23:00 

facebookへの10日ぶり投稿。

ご無沙汰しております。
発信したいこと山積ですが
福岡出張後から長崎へ帰省し
訳あって実母を連れ東京へ戻りました。

アルツハイマー&膝痛、77歳。
一人で置いておけないし
直ぐ膝が痛くなるから
準備も移動にも超絶時間がかかる!

母を連れて毎日同行出勤。
さすがの私も時間が足りない(笑)

こんな状況で改めて思う。

「自分が代表の会社作って良かった!!!」

理解と思いやりの日々。

愛ある社員と
愛あるお客様には
感謝しかありません。

ありがとう!

ありがとう!

心より
ありがとうございます!!!

社長業って
ウチみたいな零細企業でも
マジで、滅茶苦茶大変。だけど

社長になった後悔は
実は一度も、なくて

続けようが
辞めようが
会社を成長させようが
会社を畳もうが
すべての決定権は私にある。

私は私の一番大事を最優先します。

大切な人を大切にできない人生なんて
私が望む人生じゃない。

どんなに高い志を掲げても

そんなの嘘っぱちにしか思えない。

何年ぶりか?なんて思い出せないほどに
「楽しかった~♪」とコロコロ笑う
母の笑顔を、久っっっしぶりに見て

母の笑顔を引き出した自分を
今夜は思う存分に褒めようと思う。

でかしたぞ!雅恵。

良くやった!雅恵。

今日もベストを尽くしたね!

あ~ブログ書きたい。

落ち着いたら書けるかなー

ていうか
落ち着くときが来るのかなwww

苦労とか大変なこととか
誰にだって幾らだって、ある。

それを表現するときに
お涙誘う悲壮感たっぷりのシリアス仕立てより
笑いに変えた方が面白いんじゃね?

同じ力を使うなら
自分だけスッキリするより

見る人を
聞く人を
どれだけ楽しませられるかに変えた方が
良くないか?

人生は、ネタ集め!!!

この悲惨な状況をクリアし
感情を昇華し
どんだけ笑いに変えられるか!!

泣かずに眠れるの、10日ぶり!

母も私も笑顔でお布団に入れる!

お布団フカフカ♪

あ~幸せ♡

おやすみなさーい。

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10日ぶりに枕を濡らさずに眠れた。

この投稿をした日、
夫の夕食が要らない日だったので

自宅へ帰る途中で、
母と二人で飲みに行ったんです。

帰宅途中、初めは
「早く家に帰ってゆっくりしたい」
と言っていた母ですが

道すがら、地下道を通っている時に

「ねぇねぇ、お母さん。
おしゃれなお店があるよ。
こんなところで
ご飯食べたり、お酒飲んだりしたことある?」

と尋ねたら、
行ったことないというので

「興味ある?」と聞く。

「うん、興味ある」という。

「行ってみたい?
行ってみたくない?」と聞くと

しばらく考えて、

「行ってみたい!」というので

じゃぁ!飲みに行こう!と
お店へ立ち寄りました。

飲んだことがないきれいな色のお酒。

聞いたことがない食べ物の名前。

若々しい店員さんたちのハツラツとした声が飛び交う店内。

 

私にとっては馴染みがあっても
母には、それらぜんぶが新鮮で
キラキラしていたみたいでした。

お店自家製のサングリアを母へ。

私はシャンパンをグラスでいただいて

乾杯!!

 

「美味しいねー」

「いい香りねー」

「素敵なグラスねー」

嬉しそうにサングリアを口元へ運ぶ母。

 

酒場という場所は、
たくさんの人がいて、
いろんな人が同時に話しているから
わいわいがやがやしています。

そんな中、話そうとすると、
まぁまぁに大きな声を張るわけです。

 

10日前から何度も聞き続けた話だけれど

また昨日と同じように母が話したいことを話させて
「うん。うん。」と相槌を打ちながら聞き入る。 

少しお酒も入ると楽しそうに話してくれる。

お店の人も、気さくで、とても親切で、
杖を持っている老齢の女性を、
丁寧に扱ってくれるものだから

母、どんどん上機嫌になるのです。

 

お店の人に、自分から話しかけたり、
冗談を言ったりして
たくさん笑っていました。

 

軽い食事で、もうお腹いっぱいだというので、ほんの一時間半ぐらい過ごしただけでしたが

帰りの電車ではぐっすり眠って

自宅へ戻ってきての第一声が

「あーー!楽しかった♡」

だったんです。

 

こんな笑顔を見たのは、本当に久しぶりで
特に、東京へ来てから3日間は耐える日々だったし

その後も、いろいろとあって

来る日も来る日も泣いている母に
ずっと付き合っていたから

私の方が、母の笑顔で救われた。

 

この日の母の笑顔は、太陽みたいだった。

 

いつも笑っていた

私が大好きな母の顔だった。

 

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2019/3/31  8/25

facebook投稿。

 

認知症の母を承認し続ける毎日は
修行のようです。

どんなに共感しても
どんなに同調しても
無かったことにされていく。

正論が通るわけもなく
意見しても、響くわけがなく

ましてや
否定などすれば
倍返しで直接攻撃を受けるというwww

【他人は写し鏡】リアルバージョン。

だから

ただ、事実だけを伝える。

私の解釈は、
母の解釈と別物として、取り扱うことにして

私の中から湧く想いを面白がることにした。

「お化粧をしたい」と言うので

「はい。じゃあ、手を広げて」と
化粧水を母の手のひらに落とすと
嬉しそうに顔に伸ばしていく。

「はい。次はファンデーション」

左の手のひらに
リキッドファンデーションを乗せると
右手の指で2色を混ぜ

自分でお顔に乗せようとするけど
厚くなりすぎるようだったから

「私がやってあげようか?」
と声をかけると

「うん。」と言って

眼を閉じて、
私の方へ顔を向け
やってもらうのを待っている。

母の頬へ薄くファンデーションを伸ばし
茶系のペンシルで眉を書き
窪みくすんでしまったアイホールへ
ブラウンと淡いピンクを
グラデーションで乗せていく。

チークをさして

「お母さん。眼、開けていいよ。」

「鏡、見てごらん。」

眼を開けた母は、

「わぁ!」と言って

両手をほっぺに当て
嬉しそうに鏡を眺めている。

「じゃあ、最後に紅をさしましょう。」

口紅を手渡すと鏡を見ながら
リップを自分の唇へ丁寧に乗せていく。

「どう?」

ちょっと首を傾げて
私の方を見る。

可愛い!!!!

「うん。キレイですねー♪
とっても可愛いです。」

久しぶりにお化粧した母は
ほんとうに美しかった。

ニコニコ微笑む母を見ていたら

懐かしい映像が脳裏に浮かんだ。

それは、
鏡台の前に正座して
お化粧を施す母を眺めていた4歳の私。

それは、あなたが私へ与えてくれたこと。

同じように
同じ分だけ
お返ししているだけだ。

母がゴキゲンで、嬉しい。

だからますますの私のゴキゲンを選ぶ。

私は子育てをしていないから
なかなか解らないけれど
我が子の愛しさって
こんな感じなのかなって思った。

腹が立ち、
イライラもするけれど
愛しさの方が勝っていくのでしょうか?

あのとき、こうすれば良かったのかも…
後悔はきりがありません。

でも、今、

母は私の目の前にいて、生きている。

まだまだ。

まだまだだ。

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2019/4/1  8:00

facebook投稿。

【僅かばかり生還】

2週間前

「死にたい」と言っていた母。

 

病気って何だろう?

「病は気から」といいますよね。
だったら気を変えれば良いじゃない?
って思うんです。

少しずつ回復しています。

カメラを向けたら
こんなに笑ってくれました♪

御天道様のおかげ。

青空のおかげ。

富士山のおかげ。

満開の桜のおかげ。

春のおかげ。

ぜんぶ、母が大好きなもの。

ドライブへ連れていってくれた
夫のおかげです。

会社へ連れていっても
嫌な顔ひとつせず
優しく関わってくださった
スタッフのみんな、
お客様皆様、
関係者皆様のおかげです。

辛抱強く
粘り強く
根気強く
諦めずに母を信頼し続けた私のおかげです。

何よりも
母が母をゴキゲンにしたおかげです。

   

3/18に長崎で会ったときは

ストレスフルで三白眼、
父への攻撃を止めない鬼の形相でした。

思考が停止していました。

会話が成り立たず

室内をウロウロと徘徊していました。

 

担当の医師からは
「施設へ入れることを考えた方が良い」と言われていました。

生気が消失していました。

あの日、3月18日が
遠い昔のようです。

少しずつ。

少しずつ。

会話が成立します。

記憶が戻ってきました。

ありがとうございます。

ありがとうございます。

ありがとうございます!

まだまだ。
まだまだです。

私はゼッタイに諦めないからね~

———————-

2019/4/1  20:00

facebook投稿。

 

笑顔を取り戻した母ですが
相変わらず毒舌炸裂。

 

一切愚痴を溢さず我慢してきた
77年分の鬱積を晴らすかのように

認知症を利用して77年分の毒吐きは
壮絶極まりないっす。。

言いたいことを言わずに
イイ人を演じてると
こんなことになりますから

今、「他人に嫌われないように…」と
イイ人演じている人は、
早く本音を吐き出しましょうねー

正直に生きた方が
自分も周りも幸せですよー


———————-

2019/4/2   12:00

facebook投稿。

繰る日も繰る日も眠り続けています、母。

私が出社する際、サロンへ
一緒に連れてきています。

新宿御苑の満開の桜を眺めながら
「キレイね~」
「ずっと見ていられるね~」
と、言うので

ずっと見てていいよーと
スワンチェアに腰掛けてもらって

日向ぼっこしながらスイソニア。
酸化している体内を水素還元。

放っておくと眠りこける。

もうかれこれ 3時間寝ています。

今まで、どれだけ
熟睡できていなかったのだろうか…

子どもの頃、
若い頃、ってさ
誰からも起こされずにいたら
私たち、何時間でも眠れたでしょう?

実家で過ごした時間を
改めて思い返してみると

母が私よりも先に寝たのを
見たことがないし

私よりも後に母が起きてきたのを
見たことがない。

昼寝している姿を見たことがない。

だらしない格好を見たことがない。

丁寧に
キチンと暮らしていた人です。

これからは
誰かのために生きるのではなく

母自身の人生を送ってほしいと願う。

(新時代が、後押ししてくれるんだな。)

新元号令和。

レイ=ゼロ。わ=輪。

○と○で ∞。

こりゃ、可能性しか、ないね。

お母さん。
長年虐げられてきた女性が
尊重される時代が来たよ。

ていうか

スゴいよ、母!

この姿勢で 3時間、
微動だにせず寝ています。

頭がグラグラ揺れることもなく
コックリコックリ船をこぐこともなく

ぶれずに姿勢を保っている
体幹の強さに驚きです!

———————-

2019/4/3  20:00

facebook投稿。

 

【時の概念】

 

母の歩みに合わせると
移動時間が2倍かかかります。

だけど、

不思議と
支障は、なんにも起こらないのね。

私は社長業も接客業も行っているし

妻業の家事も、行っています。

時間は減っているのに

時間が充実しています。

ゆっくり歩むと

むしろ

最優先事項や

最重要案件が

クローズアップされる。

不思議です。

私の歩みは

まだまだ

速すぎるのかも知れないな。

「急がば回れ」を体感中。

もっと休もう。

ゆっくり進もう。

「膝が痛い」と愚痴りながらも
なんだかんだで
最低8000歩は、歩いている母、

正確に述べると
私と一緒に移動するから
無理やり歩かされているのですが(笑)

フィジカルもメンタルも、
かなり強靭。

あの時代を生き抜いた
先輩方へは尊敬しかありません。

母、どんどん元気になっていく。

私の概念が、覆されていく。

 

———–

2019/4/4  12:00

facebook投稿。

 

愛することよりも

愛していることを
相手へ伝えることの方が重要だね。

もう何百回聞いたか
カウントできないほど

同じ話を

何度も

何度も

ずっと永遠に繰り返す
母の愚痴を聞いていると

父も

母も

互いに相手を想い
愛しているのに

伝わっていなくて
空回りしてるんだな。

そんな想いが湧いてくる。

お母さん。

私ね、その気持ち、

スッゴく分かるよ。

私もね

伝えたいのに

上手く伝えられなくて

相手を傷付けてしまったり

相手を悲しませてしまったこと

たくさんあるから。

歯痒いよね。

悔しいよね。

哀しいよね。

淋しいよね。

でもね

大丈夫だよ。

言葉が邪魔してるだけだからね。

心の中で、そう呟いて

私は

なんにも言葉にせず

黙って母を

ギュッと抱き締める。

幼い私に

母がしてくれたように

私もそうするだけだ。

———–

 

「老いる」は「還る」。

 

愛しい人との愛しい時間。

 

かけがえのないたった一人の大切な人。

母と手を繋いで歩く時間が
愛しくて堪りません。

かつて母が
幼い私への手を取り
そうしてくれたように

私も同じように、そうする。

その愛しさは

かつて私へ抱いてくれたもので

今もなお、抱き続ける想いなんだろう。

きっと、親って、そんな生き物。

たくさん話しながら

一歩ずつ。

一歩ずつ。

ゆっくり

ゆっくり歩む道。

「可愛いね~」

道端に咲く可憐なお花を
見つけては、足を止め

「可愛いね~」

赤ちゃんを見つけては
足を止め

「可愛いね~」

幼い子を見つけては手を降り

「可愛いね~」

「可愛いね~」

愛嬌を振り向きながら、道草。

今年77歳の人にとっては

何を見ても、可愛くみえるらしいです。

そんな母が、

幼い子どもみたいで可愛いです。

母は今年50歳になる私をつかまえて
「可愛いまーちゃん」
「甘えん坊のまーちゃん」と言う。

私がどんなにオバチャンになっても

私が生意気に憎まれ口を叩いても

母にとっては

ヨチヨチと
一生懸命歩いていた頃の

一生懸命
言葉を覚えていた頃の

必死で母を追いかけていた
2歳~4歳の可愛いまーちゃんなんだって。

そっか!

そうなのか!!!

だったら

間違いなく可愛いわ♥️

 

———————-

あきちゃんが、言う。

「社長の人たらしは、

ママ譲りだなww 」

毎日みんなでゲラゲラ笑っています。

お客様の皆様。

「雅恵さんが倒れないようにしてね」
「ガンバらないでね」
「無理しないでくださいね」

私の体調を気遣ってくださること

会いに来てくださること

心より感謝申し上げます。

有難うございます。

まぁ、ボチボチやります。(о´∀`о)

 

 
母、主体的に動くようになりました。

鼻歌を歌っています。

 

病気って、何だろう。。。

 

 

さて、母が落ち着いたところで

いよいよ父と話をしよう。

 

続く。

母が教えてくれた「認知症」という病気の正体②

母が教えてくれた「認知症」という病気の正体③