37年越しの夢を叶えた~Femmush biz(フェムーシュ・ビズ)誕生秘話

幸せの青い鳥は、世界中をどんなに探しても見つからない。

「こんなに探し回っているのになぜ、ピッタリの靴が見つからないの??」

私には、ずっと疑問でした。

 

不意に訪れた出来事に、嬉しすぎて、号泣しました。

「余るくらいの喜び」ってよくある歌の中に登場する歌詞だけかと思っていたけれど

「余るくらいの喜び」は、確かに、実在していました。

今はとても無理だから溢れる気持ちが落ち着いたら整理してブログで魂込めて綴りたいです。

上記は、1/8に facebookへ投稿した文章。

お久しぶりです。井手口です。

 

 

さてさて、

ようやく溢れる気持ちが落ち着き、整理できたので、今から魂込めて、ブログで綴ります。

 

facebookで「ブログ待ってまーす!」と、コメント下さった方、「超イイね!♡」を押してくださったたくさんの皆様、お待たせいたしました。

 

この度、37年越しの夢を叶えました!

 

 

子どものころからずっと、繰る日も、繰る日も、切望し、求めて止まなかった願い。どうしても叶えたかった夢がついに実現したお話です。

 

長文ですが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。

 

◇◇◇ きっかけと 夢の始まり

 

37年前、当時12歳の私は、足へこれまでに感じたこともないような、激しい痛みを覚え「お母さん、足が痛い」と告げました。

家族全員がお世話になっていた隣町の外科へ、母に連れられ診察に行きました。

その外科の先生は、私や、私の家族の不調をたちまちに治してくれる存在。当時の私にとっては、スーパーマンでした。

 

そんなスーパーマンが、私へ告げたのです。

 

「まさえちゃんの足はね、ガイハンボシです」

 

診察が終わり、不安しかない私はひんやりするレントゲン室で一人ぼっちにされ、冷たい台の上に足を横にしたり、斜めに置いたりして、レントゲン写真を撮りました。

白黒のレントゲン写真の上に、先生は手にとった大き目の分度器を乗せて、赤いペンで、線を引きました。

「ほら、見てごらん。ここの骨と、ここの骨にこうやって線を引いて
結んだ角度が15°だと、外反母趾といいます」

「骨が曲がってしまっているでしょう?」

「こうなってしまうと、治せなくて一生付き合っていくしかないんだよ」

「僕には、雅恵ちゃんの外反母趾は治せない」

と、言った。

 

 

12歳で、信頼していた医師に一生治らない足の病状を告げられ、絶望した。

 

 

その日以降 私は、人生の多くの時間を、永遠に続く足の痛みと共に過ごした。

 

お医者さんがダメならと、父が柔道をやっていたこともあり、柔道整復師さんに相談しましたがダメでした。

整体の先生にも相談しましたがダメでした。

歩けない身体で生まれた弟のリハビリを担当している理学療法士さんにも相談しました。

やはり、ダメでした。

 

頼みの綱だった整形外科では、痛み止めと、湿布を出されただけ。

しかも「治すには手術しかない」という現実を、突き付けられた。

さらに、成長期の身体だから今の段階では、手術もできないと最終通告まで、受けた。

 

身体の専門家の「先生」と呼ばれるありとあらゆる方へ、足のことを相談しても、私の疑問を晴らしてくれる大人はたった一人も いませんでした。

 

その後、高校へ進学し、そこでの「指定靴」とされる革靴はさらに痛くて痛くて堪りませんでした。

「足の痛い箇所に当たらないように」と少し、大き目の靴を履いて、痛まないように、何とかごまかしながら痛みと付き合っていました。

 

大人になってからも、相変わらず靴には困っていて「足に良いよ」と勧められる靴を購入してはみるもののやっぱり、どれも、しっくりこず、外反母趾の足の変形は、ますますひどくなりました。

 

「今度こそは!」と望みを託して購入するも、やっぱりダメで、売るほど靴があるのに、快適な靴は、1足も存在しなかった。

だから、そんなものだと、思っていた。

 

◇◇◇ 諦めきれない

 

「そんなものだ」と言い聞かせ、納得させようと思っても私の中の私が、やっぱり、「そうじゃない」というのです。

 

( 足のことを相談できる専門の所が、なぜ、無いのだろう?)

( こんなに医療が進歩していて技術革新の日々のはずなのに、なぜ、足に合う靴に出会えないんだろう?)

(物事には、必ず原因があるはずなのに問題解決できないなんて絶対におかしい!)

 

12歳から抱えてきた「なぜ?」。

日々、私の中から湧いてくる疑問をなんとか解消したくて、答えを探し続けていたし、また、足に合う靴がなくて困っているのは私だけの問題ではなくて、私の周りの皆、ほとんどの人がそうだった。

 

口を揃えたように、誰もが 言う。

「靴なんて、そんなもんでしょ?」
「靴なんて、合わなくて、当たり前でしょう」と。

え?え?

でもさ、

だったら、日本人よりもずっと前から靴を履いている欧米諸国の人たちももれなく みんなが「靴なんて、そんなもんでしょ?」「靴なんて合わなくて当たり前でしょう」
なの?

 

家の中で靴を脱ぐ日本人以上に一日中、靴を履き続けている人たちが
「靴なんて、そんなもんでしょ?」「靴なんて、合わなくて、当たり前でしょう」なストレスを、長年もれなく全員が抱えてるってこと?

 

いやいやいやいや・・・・

 

そんなはずはない。

 

「靴なんて合わなくて当たり前」なのであれば、

靴を履く生活を選ぶ世界中の人たちが、皆、靴ジプシーで靴に困る私みたいな人ばかりが存在していることになる。

 

いやいやいやいや・・・・

 

おかしくない??

 

 

足がずっと痛いとか、痛みをガマンしているとか、続くわけないんだけど!!!

 

みんな痛いのに、みんなガマンしてるの?

 

いやいやいやいや。。。。

 

そんなはずはない!!!

 

おかしいなぁ。。。なんでだろう。。。

 

 

ずーーっと スッキリしなくて

ずーーっと しっくりこなくて

ずーーっと モヤモヤしていて

ずーーっと 気持ちが悪かった。

 

霧の中を手探りしながら、前に進んでいるつもりでも、同じところをぐるぐるぐるぐる徘徊しているような気がしていた。

 

こんなに困っていて毎日毎日足が痛くて、歩くことがツラくて靴を履くことがストレスで、出歩くことすら、もう無理で長く歩けない。

 

歩けないと移動が大変で、行きたいところにも行けないし、会いたい人にも会えないし、健康とか、幸せとか、明るい未来とかマジでムリ

 

将来の夢とかビジョンなど描けるゆとりもなく、笑ってなんて、過ごせるわけない。

 

絶不調の極み、言うことを聞いてくれないカラダ、当時の私は、生きることそのものが苦痛だった。

 

◇◇◇ 常識を疑え

 

現在、足のことを仕事する私の名刺には「足づくりで未来を創る革命家」と肩書きを記しています。

初めてお会いする方と、名刺を交換して、しばしば尋ねられることがあります。

 

「え?井手口さん、この『足づくり』って、何?井手口さんは、どうして足のことをやっているんですか?」

 

足のことを仕事にするようになった経緯は、ハイヒールも履いていないのに12歳で外反母趾を診断され、大人たちが口を揃えて「治せない」と言った足の疑問が、どの靴を履いても合わない靴への疑問が常に、自分の頭の中のどこかにあって。

「一生治らない」と告げられても、やっぱり諦めきれず、かといって、痛みだけを何とかしようと手術なんてしてしまったら、傷を治す間は安静にしていなくてはならないし、当然、その期間中は歩けなくて。

 

本来の自分の動物としての姿からは、どんどんどんどんかけ離れていく。

 

考えれば、考えるだけ、可笑しなことばかり、ナゾだらけなんです。

 

私はただ、自分の中から生じるモヤモヤを、スッキリ晴らしたいがために、上京してから、本格的に、常にカラダに続く不調の謎解きに取組み始めた。自ずと無意識下で足への思いがありそちらの道を自然と選択していったのだと思います。

 

 

だって、一刻も早く、スッキリ出したいんだもん!!!

 

 

ずっと便秘だったんですよ、10歳から。

リアルでの便秘でもあり、また答えが導き出せない「なぜ?」の
「疑問便秘」でした。

 

 

忘れもしない 2013年6月15日。

外反母趾を自分で改善できる方法。

アシタスタイル・メソッドの原型が、誕生した日。

 

◆アシタスタイルの誕生は ⇒ コチラ

 

 

この日、長年抱えた疑問便秘はスッキリ解消しました。

 

便秘薬を使って出すのではなくイチ〇ク浣腸もせず、医師に頼ることもなく、自分の力で、解消しました。

 

便秘の原因を見つけた。

外反母趾の原因を見つけた。

足と靴が合わない原因を見つけた。

それらの共通する原因が、カラダの不調も同時に引き起こしていた。

 

12歳から続いた「なぜ?」の原因を発見しました。

 

 

私の外反母趾の原因は

・足そのもの

・選択した靴

双方に問題があることが分かりました。

 

 

 

足が正常な人は足が正常だから、その正常な足が正常に機能し、自分の足で靴を選ぶことができます。

 

正常な靴を選べている人は、足が正常じゃなくても、正常な靴が、機能を果たし、足の機能を補うから、正常な靴を履いている限り、靴が靴として働いてくれて、足は正常に近い状態で靴によって機能する。

 

足が異常な人は、足が異常だから、異常な足では正常が判断できず、正常な靴選びができない。

 

従って

「合う靴がない」「靴が選べず困っている」のなら、その足がすでに異常です。

 

 

正常な足では、足が正常だから、足が正常に機能し、正常な足が肉体を支えています。

 

 

足そのものが正常ならば、足が肉体を支えているから、極端な話、靴に頼る必要もなく、履いたどんな靴も履きこなせる。

ということ。

 

 

 

これらが、私が2004年から本格的に足の探求をし、様々な角度から足と靴と歩行の関係を調べ、辿り着いた答えです。

 

 

だったら

靴の正常を用いて、足を正常にするように、足に形状記憶させて、足の正常を取り戻せるようにすれば良い。

と、

足を正常にする方法を見つけた。

正常な靴の定義も見つけた。

 

が、

しかし、

ここで困った事態・・・

 

 

正常な靴を探すも、正常な靴が世間に売られておらず、見つからないのだ。

 

なぜならば、

日本中のほとんどの人は、自分の足が異常なのに、自分の異常に気が付いておらず、また、靴の重要性にも、気が付いていないからです。

 

 

足を正常にするための方法は、すでに発見しているのに、その手段を決行するための必要な道具が、ない。

 

靴屋さんで売られている靴は、足なりに靴が作られています。

 

正常な足でなくなっている現状の現代人の大多数に合わせて作られている靴では正常な足を再現できない。

 

足を正常に。 

靴を正常に。

当たり前に行われるはずのことが、日本で常識とされている足と靴の常識は、足と靴の真実とは、真逆です。

 

アシタスタイルの講座では、いつも「そもそもね・・・」という話をします。

 

現状にストレスを感じているのならそれは、身体が出しているNG。

カラダの快適を求めればいつも、そこに、答えがある。

 

私の足は、もう、答えを見つけた!

カラダが「そうだよ」と、言っている。

 

私が理想とする靴はもうすでに頭の中にあるのに、

靴がない・・・

靴がない・・・

 

「靴ってどうやったら作れるのかな?」

 

 

◇◇◇ 夢への架け橋

 

絶望の真っ暗闇のどん底から、決して諦めきれずに這い上がった私には、遠くに一筋の光が見えた。

その光が射す方へ明るい方へと、向かっていくと、女神が手を差し伸べてくれました。

カラダの真理に触れた私の前へ私の夢を叶えてくれる人たちが次々と、現れました。

靴づくりに向け、運命が動き出しました。

 

では、ここで

私の夢の架け橋となってくださった方たちを、順に、ご紹介します。

 

◇夢を叶えてくれた1人目
◇海老原貴子さん

アシタスタイルへお越しの皆さまご存知の「えびちゃん」です。

えびちゃんとの出会いは、2013年。当時は、花小金井の小さなサロンで
「なごみ庵」という屋号でお客様の足の手当をしていました。

お一人ずつ個別でカウンセリングをし、足を計測してインソールを調整したり靴のアドバイスをしたり、施術を行ったりしていました。

 

出会いは、青山フットケアアカデミーの実習で、えびちゃんは、先生のアシスタントでした。

当時、私は、毎日押し寄せるたくさんのお客様の接客で、自分の身体を酷使していたため、自分の身体の手当てが、後回しになっていました。

「海老原さん、ご相談なのですが、お休みの時で構いませんので、私のケアをしに出張していただくことはできますか?」

「えー!私でいいんですか?ぜひぜひ!喜んで^^」

海老原さんは、快くOKしてくださり月に一度、私のカラダを整えに来てくれた。

 

えびちゃんの手はフカフカで、その手が私のカラダに触れているだけで安心感に包まれた感覚を、今でもはっきり覚えています。

 

私の手は、骨ばっていて、細くて、決して施術向きではなかったから、他人様へ触れるときにとても神経を使い、「不快感を与えないように」と細心の注意を払っていました。

 

そんなコンプレックスを抱えていたこともあり、えびちゃんの手に出会ったときに、もう、お手上げで。

 

(自分で施術をすることに、こだわり続けることは止めよう)早々に、降参し、白旗を揚げました。

 

えびちゃんの手は、お母さんの手。

 

えびちゃんの存在は、あったかい陽だまりで、まるで、保健室の先生みたいだなって思いました。

 

私の施術を受けに来てくださっていたお客様へ、おひとりずつに丁寧に伝えていきました。

「〇〇さん、実はね、すごくフカフカの手をもっている陽だまりのような素敵な人に出会ってね、私、その人に惚れ込んでしまいました。だって、私の手でどんなに頑張っても、あの手には、敵わないんだもん!!(笑)その人は海老原さんと言います。海老原さんがいらっしゃれる日は
施術をお願いすることにしたので彼女の手を楽しみになさっていてくださいね」

 

そうやって、お客様へえびちゃんをご紹介し、施術担当を替わることの許可を得て、えびちゃんへ引き継いで行きました。

 

2013年12月末。

えびちゃんからメッセージが届きました。

 

「雅恵さん、こんばんは。来年からは土日だけでなく、正式にスタッフとして雅恵さんのもとで、働かせていただくことはできますか?」

 

ほんとうにほんとうにほんとうに嬉しかったです!!

ピョンピョン飛び跳ねました!

たぶん、えびちゃんへは、ものすごい喜びテンションでお返事したんじゃないかなと思います(笑)

 

 

それ以降、繰る日も繰る日も、えびちゃんは、私が語る夢に耳を傾けてくれて、「社長が笑顔なら、それでいいんですよー」「大丈夫、大丈夫。」今もなお、そばにいて、ずっと応援し続けてくれます。

 

2014年9月1日。屋号を「アシタスタイル」へ変更。

 

アシタスタイルは、えびちゃんがいたからこそ、誕生しました。

えびちゃんが歩んできた人生と、えびちゃんが培ってこられた人脈が、今のアシタスタイルの根幹を担っています。

 

アシタスタイルサロンへは、忙しい現代の日々を過ごす皆さまが、海老原貴子と言う名の「オアシス」を求め、人生の休息にいらっしゃいます。

 

私自身も、えびちゃんの「たいじょうぶ(^^)」の言葉に何度、救われたかわかりません。

 

きっとこれからもえびちゃんは、私たちのオアシスとなり、ただそこに、居るだけで、私たちをそのまんま受け入れてくれます。

 

◇夢を叶えてくれた2人目。
◇S氏。

 

ある日、えびちゃんが唐突に「面白いインソールを見つけたんですけど
興味あります?若いころの知り合いで、先日、たまたま再会して・・・」

よくよく話を聞くと、

私が辿り着いた「足を正常にすればいい」の答えをカタチにした、インソール。

「足の正常」を保てるインソールではないですか!!!!!!

 

即答。

「会いたい!!どうやったらその人へ会えますか?インソール、どうやったらうちで取り扱えますか?」

 

取り扱うためにはどうしたらいいか?をえびちゃんは、LINEでSさんとやり取りしながら私との接見を取りまとめてくれました。

 

初めて3Dインソールを試した時は鳥肌が立ちました。

 

理屈では、解かることです。

 

人は、口ではどんな高い理想論も、高い志も、何とでも言えます。

誰も形にして来なかったものを形にされたSさんの不屈のチャレンジ精神、どれだけの時間とどれだけのお金とどれだけの御苦労とがあっただろう…と、想像するだけで目頭が熱くなりました。

Sさんは、その日から密かに私にとっての「師匠」となりました。

 

ですが、師匠とか先生とか、呼ばれることが、お嫌いで「表に出ない」と決めておられます。

「井手口さん。僕は裏方に回って後ろでサポートするから僕の代わりに前に出てねっ♡」と依頼されました。

 

その後、Sさんが培ってきた情報と私の情報を集約し、アシタスタイル・メソッドを精査、確立していきました。

 

・数値化できない足

・正解がない足

・誰も研究していない足

・エビデンスもない足

 

形が見えない足の正常と靴の正常を同じ着地点で会話ができる、唯一の人が、Sさんです。

 

過去にはさまざまな靴を手掛け、流行りの靴を次々に産み出されてきた第一人者、既成靴からオーダーメイド、整形靴、あらゆる靴、あらゆるインソール、業界の裏の裏まで知り尽くす方。

弊社の靴ブランド【 Femmush 】を立ち上げる際もコンサルタントとして多くの助言を頂戴しています。

私の経験値だけでしかなかったアシタスタイルの理論は、Sさんの参入によって、定義が定まりました。

アシタスタイルには欠かせないキーパーソン、Sさんの名言。

 

「かばうのではなく、いかに使わせるか?それが、カラダだよ。」

 

 

◇夢を叶えてくれた3人目
◇小野崎記子さん

 

えびちゃんが、また、繋げてくださる。

「&Steadyの小野崎さんってご存知ですか?人形町にサロンがあって、
パンプスをオーダーで作っているところなんですけど・・・」

 

また、即答。

「そこ行きたい!どうやったら小野崎さんに会えますか?」

 

えびちゃんの取り計らいによって、またまた&Steady・小野崎さんとのご縁が繋がりました。

 

その後は、私も実際にパンプスを作っていただいたりえびちゃんと一緒に交流したりしながら、定期的にお互いの現状報告をし、未来を語り合い、絆を強めていきました。

 

靴について勉強させていただいたり、浅草の靴業界の現状や、経営者同士で無ければ分かり合えないこと、表に出てくることがないシビアな話、女性社長特有の悩みなど

竹を割ったような性格で頼りがいがある潔くカッコイイ記子社長の前で、私も存分に腹を割り、正直な自分になることができ、お会いするたびに、たくさんのことを教えていただきます。

 

2016年9月21日。

小野崎記子社長から、メッセージが届きました。

 

「雅恵さん。&Steadyスニーカーが出来上がり、リリースします。足の専門家として雅恵さんのご意見いただきたいので試着してみていただけますか?」

 

その後、記子さんは直ぐに、新宿サロンまでスニーカーをご持参くださった。

 

&Steadyスニーカーへ、丁寧に、足を入れる。

 

身体中に、電流が、走りました。

 

衝撃でした。

 

 

「記子さん!!これです!長年、探し求めていた履き心地です!ありがとう!ありがとう!この靴を産み出してくださってありがとうございます!!」

 

その後は、嬉しすぎてあまりにもコーフンしすぎて何を話したか、覚えていませんww

 

「この靴を、アシタスタイルで取り扱うことは可能ですか?」

「もちろんです!ぜひお願いします!」

 

◆足を整えながら

◆たくさん歩くことができる

◆正常な靴

 

 

「足を正常にする方法は発見し解かっているのに、再現できる靴がない」

靴がなくて困っていた私は記子さんのおかげでようやく「正常な靴」の一つのカタチを手に入れることができました。

 

 

◇夢を叶えてくれた4人目
◇海老原あき子さん

 

同じ苗字ですから、想像がつきますよね?

あきちゃんは、えびちゃんの妹さんです。

 

アシタスタイルで正式にスタッフとして働くようになったえびちゃんが、またまた繋げてくださる。

 

「アシタスタイルには、あき子が必要だと思うんですよ。」

 

えびちゃんにアレンジをお願いし2014年の年末、3人で一緒に食事をし、杯を交わしました。

 

あきちゃんが最初に、私へ告げた言葉。

 

「雅恵さんは、アーティストだから。雅恵さんには、番頭が必要ですよね。」

 

高田馬場の居酒屋さんで、美味しい揚げ出し豆腐を頬張りながら、私は焼酎のお湯割りをすすり、あきちゃんはレモンハイ。

 

(あきちゃんを雇えるように、がんばれ、私。)

 

そんな風に心の中で宣言したことを今でも、鮮明に記憶しています。

 

それから2年後の、2016年11月。

あきちゃんの充電期間も終わり、契約していたお仕事がひと段落ついたということで、いよいよアシタスタイルの仕組みを整えるため、あきちゃんの力を借りるときが訪れました。

 

あきちゃんは、大イベントの企画や運営、マネジメント業務、私が全く知らない様々な大仕事を経験してきた方でした。

 

「社長は、私が来たので、出来るだけ自分でやらないと決めてください。ぜんぶ、私に振ってくださいね。」

 

私が困っていること、私が悩んでいること、私が苦手なこと、ぜんぶをヒアリングしてくれて、ぐちゃぐちゃに山積する業務をサクサクと明確にしていかれました。

 

「落としどころが決まらないと、始めちゃダメなんですよ~」

「まずは、アシタスタイルと社長の、年間スケジュールからだな・・・」

 

目標を立てて行動するのが苦手で、行き当たりばったりでぶっつけ本番ばかりの私。進みたいのに進めない。手段を持たない私にとってあきちゃんは、まさに、渡りに船でした。

 

「雅恵さんは、アーティストだから。雅恵さんには、番頭が必要ですね」

あの日の言葉通りでした。

 

「社長は表現すればいいんです。後は私が処理します。社長が気持ち良くお仕事出来るようにするのが私の役目ですから」

 

そうやって、私の得意を出来るだけ発揮できるようにと、夫との時間と出来るだけ保てるようにと、長崎の実家との時間をできるだけ取れるようにと、ちゃんと、カラダを休められるように、ちゃんと、食べるように、ちゃんと、水分を摂るように、と

それらを、私だけでなく、お客様へもそして、姉であるえびちゃんへもまた、アシタスタイルへ関わってくださる関係者すべての方へ対して、細やかな心配りを、決して忘れません。

 

あきちゃんは、「笑い」を、とても大切にする人です。

 

あきちゃんが入社してからというもの、私たちは、毎日、日に何度も、ゲラゲラと声を立ててたくさん笑うようになりました。

ボケたり、ツッコんだり、「社長~ もぉーちょっと聞いてくださいよー今朝、電車の中であったことなんですけどね…」

面白いことがあったらさらに面白おかしく話してくれて、笑わせてくれて面白いネタを見つけてはシェアしてくださる。

 

そして、私が社長であろうが間違ったことは間違っていると、はっきり助言してくださる。心強く、頼もしい存在です。

 

表面的にはクールに厳しく振る舞っているけれど、熱い情熱を常に湛え、しなやかで繊細な、心の優しい優しい女性。

それが、海老原あき子さんです。

 

 

おかげさまで、こうやって、私の理念に共感してくださる仲間が集まりました。さらに、学びを続け研鑽を重ねるチームの仲間たちはその後
・外科医師
・整形外科医師
・理学療法士
・看護師
・教員

と、足の専門機関で足元教育を行うアシタスタイルに欠かせない、その道を極め続ける、志の高いプロフェッショナル達が勢揃いしました。

 

チーム・アシタスタイルの皆様のご紹介は、今後、少しづつおこなって参りますので楽しみにお待ちください。

 

 

◇◇◇ 命の恩人

 

2018年12月28日

2018年最後の営業日&納会。

大掃除が終了した頃、大きな段ボールが到着しました。

企画開発から2年の歳月をかけ、アシタスタイルのオリジナルシューズが完成。全サイズのサンプルがメーカーさんから届いた瞬間でした。

 

 

2019年が明けて、年始の業務が落ち着いたところでスタッフへ許可を取る。

 

「えびちゃん、あきちゃん、シューズの、25.5cmサンプルを持ち出してもいい?Kさんに足を通してもらおうと思って。」

 

「ぜひぜひ!!どんな印象か、旦那様の感想、聞かせてください。楽しみにしています!!^^」

 

自宅へ戻り、「Kさん、見てみて!トラッドシューズ、ついに、出来上がったよ。まずは、25.5cmまで木型あげてサンプル作った。持って帰ってきたけん、足通してみてもらえるかな」

 

「おーー!OK!部屋の中で、履いていいと?」

 

「うん、出来上がったばっかりで、誰もまだ足入れしてないけん、いいよ」

 

 

ドキドキしながら、足を入れてもらう。

 

「あ、靴べら」

「かかと、トントンしてー」

 

 

ドクン。ドクン。

ドクン。ドクン。

 

紐を、きゅっきゅと結びあげていく。

 

ドクン。ドクン。

ドクン。ドクン。

 

心臓の鼓動が、激しくなる。

 

ドクン。ドクン。

ドクン。ドクン。

 

ドクン。ドクン。

ドクン。ドクン。

 

彼が、椅子から立ち上がり、フロアーを歩き回る。

 

「どう?」

 

「うん。ピタッ!て、きた!うん。良いんじゃない?」

 

「ほんとに??この靴、履きたい?」

 

 

「うん、履きたか。気持ちよか。」

 

 

私が作った靴を履いて、歩き回る彼の姿を眺めながら

 

「うん。いいんじゃない?うん、履きたか。気持ちよか。」

「うん。いいんじゃない?うん、履きたか。気持ちよか。」

 

彼の言葉が、頭の中で、リフレインする。

 

 

脳内のこだまをぼんやり聞き「ありがとう」と告げて靴を脱いでもらいながら

・この靴がなぜ気持ちいいのか?
・履きたいと思えるのか?
・他とは、何が違うのか?

などの、理由を伝える。

今、普段履いている靴と並べて、比較して、見てもらったりする。

 

一通り、大まかに伝えたところで「お茶、入れようか~」とお湯を沸かしコーヒーが良いという彼へコーヒーを淹れ

私は緑茶を入れ

テレビを観ながらコーヒーをすすっている彼の後姿を、キッチンからぼーっと眺めながら

 

ここまであった色々なことを思い返し、過去の思い出に、耽っていた。

 

あーー

ついに完成したなーー。

 

私がずっと求めていた靴。

 

外反母趾になるほど崩れてしまった私の足が気持ちいいと思える靴。

外反母趾を改善できたけれども、未だ、足づくりを終えることはない弱さを抱える私の足が、靴で支え続けなければ、靴で歩き続けなければ、再び崩れる危険性を孕んでいる足が「気持ちいい!」と思える靴。

 

そんな状態の私の足とおなじ木型で起こしたサイズ違いの靴が、Kさんも同じように、気持ちいいと感じてもらえる靴で、出来上がったのだ。

 

小、中、高、と、たくさんのスポーツをし、特に中高では陸上部で、中長距離走を選び毎日走って足を鍛える日常生活がそのまんま「足づくり」そのもので健康なKさんの足。

 

崩れた私の足と、健康な夫の足と、まるで異なる足がおんなじ木型の靴で、快適に、収まった。

 

そう!これが、正常ってこと。

 

 

私は、講座の中でお話しています。

動物たちは、同じ種類だと、みんな同じ形をしています。よね?

どの固体か判別がつかないほど。

みんながおんなじ体つき。

私たちも動物だから本来はそれが正常です。

 

 

これです!

 

筋肉や、骨の質量差はあれど、足部の骨格の形は、基本的に、同じ。

 

改めて「足の正常」のそれに気づいたとき、胸の奥の方に、熱い泉が出現し、間欠泉が噴き出すかのごとく

 

ブワァーーーーーっと湧いて来て、高く噴き出した。

 

 

不意に訪れた出来事に嬉しすぎて号泣しました。

「余るくらいの喜び」ってよくある歌の中に登場する歌詞だけかと思っていたけれど

「余るくらいの喜び」は、確かに実在していました。

 

 

「Kさん、今までずっと見守ってくれてありがとう。ずっと支えてくれてありがとう。この靴が出来上がったのは、あなたのおかげです。」

 

彼にそう告げたら、ぼろぼろぼろぼろ涙が溢れてきてオイオイ泣いた。

 

 

「なんば泣きよっとね。嬉しかとなら、泣かんちゃよかとに(笑)」

 

嬉しくて泣きじゃくる私を横目にゲラゲラ笑いながらコーヒーをすすっている。

 

◇夢を叶えてくれた最重要人物は、夫です。

 

 

明朗活発で健康的で活動的で人生を楽しみ、多くを求めず、さまざまな言葉や行動で常に私を、周りの人たちを、笑わせよう、笑わせようとする。

 

私が26歳の時、暗闇から救い出してくれた命の恩人。

 

このブログを投稿する今日は、なんと彼の誕生日だった。(さっき気付いた!ww)

 

人生は、なんてドラマティックなんでしょうねぇ♡

 

ありがとうが止まりません。

 

あ!早く帰らなきゃ!美味しいご飯を作ってあげよう♪

 

 

◇◇◇ 新たなる第一歩

 

靴についてこんなに語りましたが、靴って、実は、誰でも作れます(笑)

知識や技術がなくても足よりも大きめに設計し足が入れられる大きさで作りおおまかに、足が収まればいいもの。

だから、つまりこれが、世間に溢れる安価で大量生産されている靴。

ぶかぶかのゴム長靴であっても、足が収まれば、靴は靴ですしね。

 

靴づくりが難しいのは、足には、固定する箇所と動かす箇所が混在するという特徴があるから。

 

動かず、足を入れ、ただ立つだけなら、まぁまぁいろんな靴にでも足を通せるでしょう。

その靴で、歩く、走る、となれば、血が通った生身であることと、それが細かな動きをすることを想定しなければなりません。

 

靴づくりの難しさは、ここに尽きます。

 

 

さて先般、2017年9月に靴ブランド「Femmush」を世に出しました。

私には、会社の代表としてブランドを立ち上げ、宣言した責任があります。

ですからご報告の必要もあると思います。

結論から申し上げますと共同で始めた、岸直子氏とのプロジェクトは
解散の運びとなりました。

 

2017年9月。「Femmush」からハイヒールブーツ「Butterfly」を発売しました、が2018年5月末を以て、共同プロジェクトを終了いたしました。

よって、現在ハイヒールブーツ「Butterfly」は生産販売終了いたしております。

ご報告が遅れましたこと、改めてお詫びを申し上げます。
誠に申し訳ございません。

 

ブーツプロジェクトは実に3年の歳月をかけ、温め、進めて参りましたが
時間をかけて進行していく中でいろいろな事が起こりました。

当初から私共・アシタスタイルが掲げる目的と先方・岸直子氏との間に、徐々にズレが生じ、このままでは弊社の事業の大きな柱として
決して欠かせない靴づくりが、ポジティブな方向でのお仕事として
成立しないと判断し、社内で何度もミーティングを重ねました。

また、弊社の専門家・関係者・・・靴学としての木型開発・設計、解剖生理学、バイオメカニクス(生体力学)など弊社へのコンサルやアドバイスでお力添えを頂いた皆様とも、協議を重ねに重ね、チーム・アシタスタイル全員で出した結論です。

苦渋の決断でした。

断腸の思いです。

本当に、本当に、残念です。。

 

 

 

しかし全く、悔いはありません。

なぜならば、私たち全員が全力を尽くした結果だからです。

 

私は、昔から、逆境に強い。

転んでも、ただでは起きません。

さらに、負荷がかかればかかるだけ、燃えまくります。

 

海老原シスターズも然りで追い詰められると、彼女たちは、本領を発揮し普段以上に高い能力を奮ってくれます。

 

過去を悔やみ嘆いてばかりいても前に進むことはできません。

私たちは、前だけを見ることにしました。

 

捨てる神あれば拾う神あり。

昔の人は、上手いこと言いますよね。

 

この度、私の37年越しの夢を叶えました。

 

アシタスタイルの完全オリジナルシューズが完成しました!

 

 

関係者皆様の多大なるご協力、ご尽力のもと、改めて、ゼロから企画開発しました。

Femmush-biz
(フェムーシュ・ビズ)

誕生です!

 

 

Femmush-biz  の コンセプトは3つ。

 

◆トラッド
【伝統的・普遍的・基本的】

◆ハンサム
【美形・自立・凛々しさ】

◆ジェンダーレス
【男女の性差をなくす】

 

かつてココ・シャネルは、女性のコルセットとドレスをジャケットへと変革しました。

 

女性のビジネスユニフォームが「パンプス」であることに
私は、ずっと、疑問を抱いていました。

 

あきちゃんは、言います。「そうそう社長、私も思っていました。
おかしいですよね。CAさんなんて、緊急脱出の時は『ヒールの靴はダメ!脱いでください』なんて、避難誘導しなきゃならないのに、自分たちはパンプスで緊急対応するなんて、有り得ない!」

 

女性の高い能力を発揮し、女性の自立と、社会貢献は、今後必至です。

だとすれば、「靴をちゃんと履く」文化を培うべきではないでしょうか。

 

試しに、男性は、パンプスで1日過ごして、女性の苦痛を一度でも体験してみればいいのでは?と思うのです。

 

当初は、女性に「靴をちゃんと履く文化を」と考えて作りはじめましたが、試作の段階で、弊社へいらっしゃる男性陣へお願いし足入れをしてみていただいたところ、なかなかに好印象だったので

女性のためだけのものではなく男性にも履いて頂ける靴に、とシフトチェンジし、いい塩梅のジェンダーフリーなデザインに仕上がりました。

現在のサイズ展開は、21.0cm~25.5cm。

「足が小さく、サイズがなくて困っている」
「靴ずれが痛いから、大き目を選んでいる」
そんな男性の方にも履いて頂けるトラッドシューズです。

 

 

靴が合わなくて困っている靴ジプシーの皆さまへ一人でも多くの方へ試していただきたく存じます。

 

 

アシタスタイルが販売する靴は、一般的に靴屋さんの店頭に並ぶ靴とは異なり一線を画します。

 

靴は、身体を支える道具ですから取扱説明書が必要です。アシタスタイルでは、靴を健康器具として扱い、ツールとノウハウを同時に提供していきます

 

 

Femmush-biz 完成に至るまでたくさんの方々のお力添えを賜りました。

改めてここに感謝を申し上げます。

誠にありがとうございます。

 

アシタスタイルを愛してくださるお客様の皆様、大変に長らくお待たせいたしました。

ぜひ、手に取り、足を入れていただき、私の37年越しの夢を叶えた靴で、一緒に喜びを共有できたらと存じます。

 

お披露目&受注会では、普段決して目にすることのない靴づくりの現場・ファクトリーをご紹介、匠の技・浅草の熟練の職人さんたちの
感動の手仕事をご紹介するコーナーも設けます。

60歳すぎても「若手」と言われる靴職人。

私たちの靴を手掛けてくださっているのは、職人歴50年、60年の、熟練の職人さんたち。

 

すべての工程が、手作業によって産み出されるからこそ可能になるハイクオリティの妙技を、ぜひ、ご覧いただきたく存じます。

 

「下町ロケット」というドラマが流行りましたね。

ドラマで感動し、涙を流しても多くの人は、実(じつ)が伴う行動をなさりません。

 

浅草にも、神戸にも、たくさんの靴メーカーや問屋さんがありますが
倒産が相次いでいます。

 

日本の中小・零細企業の技術力は、ドラマだけでなく、実際に、世界の至るところで活躍しています。

 

物資としての資源がない日本の資源は、「技術」です。

 

日本の誇れる技術を、正当に評価し、日本人が日本製を消費すれば
当たり前に経済は回るのです。

既にある会社が、倒産することはありません。

 

安かろう、悪かろう、で大量生産された海外製は、労働力が正当に評価されない問題もあります。

どこで、だれが、どのような環境で作っているのか?も、目に見えません。

さらに、莫大な流通コストがかかります。

 

常識となっているさまざまな事を疑い「そもそもね・・・・」を、皆さんと一緒に考えていきたいです。

 

 

ファクトリーの撮影現場へは、映像クリエーターでカメラマンのたかはしよしこさんと、あきちゃんと私で伺いましたが職人さんたちの手仕事と思いに触れ、感動で胸がいっぱいになりました。

 

それらの工程を、間近に拝見して感じたのは

一つの靴を作り上げる工程は、一軒の家を建てるほどの工程だということ。

 

 

「この靴をもっともっと大切に履こう。この靴の素晴らしさを、たくさんの人に知っていただこう。」

 

そんな思いを抱きながら、現在、お披露目会に向け、絶賛準備中です!

 

2月の大阪、3月の福岡出張にも、もちろん持参いたしますので、楽しみにお待ちくださいね^^

◆出張スケジュールは⇒ こちら

 

魂込めた分だけ、書き始めるとブログがごっつい長くなりました(汗)

 

これが、37年越しに叶えた夢のお話。

 

だから、次の夢を叶えるために今日からまた、前を向き今日もまた、一歩、進みます。

自分の人生を、自分の足で、歩きます。

これが、アシタスタイルが伝え、行っている、そのまんまの、私の哲学です。

 

ようやく、ここまで来ました。

まだまだまだまだこれからです。

やりたいことがたくさんあるから、自分が創る未来がどうなっていくかを見てみたいから、100歳まで生きたいなぁって思うんです。

だから今のうちにたくさん歩いて足を鍛えておいて、100歳になってもずっと自分の足で歩ける状態にしておきたいなぁと思うんです。

 

 

本日も、最後までお付き合いくださりありがとうございます。

 

このブログの冒頭の言葉。

「こんなに探し回っているのになぜ、ピッタリの靴が見つからないの??」

 

日本中探しても世界中を巡り、探し回っても、あなたにピッタリの靴は見つかりません。

 

ピッタリの靴を見つけるには、先ず、あなたが「ピッタリ」を知る必要がある。

 

あなたは、もうすでに、あなたの中に持っていて、その答えを引き出すだけです。

 

幸せの青い鳥は、探しても、見つかりません。

幸せの青い鳥は、あなたの中に、棲んでいます。

 

ASHITA・STYLE株式会社
代表取締役 井手口雅恵

 

◆Femmush biz 完成お披露目&受注会については、⇒ コチラの記事

 


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