コーヒーカップ

井手口です。

なかなかブログを書かずに、すみません。

拙いながらも私の文章を楽しみにしてくださっている皆様、いつもありがとうございます。

 

今日は、軽くショックな出来事があり、いろいろ考えることがありましたのでシェアしますね。

 

 

オフィス近くへ、ランチへ出かけました。

 

そこは、アットホームな雰囲気で、見るからに優しそうな男性二人が切り盛りしているお店で、時々利用しています。

 

いつもながらに、安定の美味しい食事を頂き

食後に出てきたコーヒー。

 

 

カップに、口紅が付いていました。

 

 

お店の方は、気づかずに提供された様子だったので、声をかけて、取り替えてもらいました。

 

大変に恐縮されたご様子で、何度も謝罪の言葉を述べられ、こちらが恐縮するほどでした。

 

そのようなことが起きたお店ではなかったので、軽いショック。

 

不快な気分になるというより、むしろ、

いろいろな考えを巡らせるいい機会でしたので、自分に起きた色々な思いを、述べますね。

 

 

外でいただく食事は、赤の他人が経営し、赤の他人が作るもの。

 

外食なので、当然ですが、食器は、いつも、赤の他人と共有しているんですよね。

 

ですから、口紅は、前に使用した方の、食事の痕です。

 

たまたま、食器の洗い方が不全で、落とし切れていなかったことで、残っていたということ。

 

私が、子どもの頃は、

「外で食べる」は一般的ではなく、

外食産業も現在のように発展していなくて、

出かける時には、母が早起きしてこしらえるお弁当が定番でした。

 

自動販売機なんてありませんでしたから、水筒にお茶を詰めて持ち歩くのが当たり前でしたし、

スーパーマーケットも、コンビニも、ありませんでした。

 

 

昔のまんまで、変わらなければ、今日の私は、

手っ取り早くランチを済ませることなんてできなくて、

 

朝早起きして、お弁当をこしらえて、、、が、必要。

 

 

だから、

お金をお支払いすれば、温かい美味しいご飯が、その場で出てくる。

 

シンプルに、有難いなぁ。と。

 

 

「いつも」と視点が変わると、見えなかったいろんなことが見えてきます。

 

いつも使っていたお店で、

いつもと違うことが起こると「おや?」っと、感じる。

 

もしかしたら、他の食器も、洗い残しがあるのかしら?

とか

あら捜しが始まったりも、する(笑)

 

 

 

当たり前は当たり前じゃなくて、

忘れているだけで、実はとてもありがたいことで、

 

食器の片付けもせず、

食器を洗うこともせずに、

お店の人がやってくださる。

 

 

私は、ただ、

つい忘れてしまっていた有難いことを思い出せた。

 

 

だから

きっと、ミスしてしまい、気後れしてしまっているであろうお店の方へ

 

「ご馳走様でした」「美味しかったです」「また来ますね」と声をかけることで

私の誠意を示し、お店を後にしました。

 

 

人は、ミスする動物なので、ミスそのものは、決して悪いことではありません。(犯罪レベルの過ちは、別の話ですよ)

 

犯してしまったミスに対して、ミスを、どう捉えるか?

その後をどう対応するか?が、大切な事かなと、私は思っています。

 

 

便利さが、ますますの生きづらさや、不便を生み出している、昨今。

 

 

便利とは、自分の労働の代わりに、何かが、誰かが、行ってくれているということ。

 

 

当たり前すぎて、つい、忘れてしまっていることに、

今一度、目を向けてみようと思いました。

 

 

アシタスタイルは、「立つ」「歩く」という当たり前のことに対して、改めて、目を向けていただく活動をしています。

 

 

「いつも」のカラダが「いつも」どおりじゃないときに、

人は初めて、カラダに目を向ける。

 

「いつもの歩き方」に「いつも」以外の「おや?」を感じたときでなければ、

なかなか「歩き方」に疑問を抱くことはないのだと思います。

 

ましてや、

疑いもしない靴に、使えている足に

「おや?」なんて、思わないですしね。

 

 

 

歩くことだけは、どんなにお金を払っても、他人は代行してくれません。

健康は、どんなにお金持ちになっても、買うことはできません。

 

 

最後までお読みくださりありがとうございます。

 

週末、2/15(土)16(日)は福岡です!^^

まだお席がございますので、お時間が取れる方はお足を運んでくださればと思います。詳細はこちら