良い子でいてもどうせ嫌われるのだから さっさと嫌われちゃえ

人の悩みの大半は、人間関係。

 

悩み多きあなたへ贈ります。

 

井手口です。

 

嫌われることを恐れて
私の心に蓋をし
私の言葉を封印し
私に嘘をついて生きるより

 

言いたいことを言って
嫌われた方が
よほどマシだと思うの。

 

少し前までの日本では
「非国民」だとか「反社会勢力」だとか、
言われた時代もあって

今では
こんなに発言の自由が許される
こんなレアな時代に生まれたのに
みな、なぜ発言しないのかな?

 

どんなにイイ人でいたとしても
世界中全員から好かれるなんて
有り得ないし

 

はじめから
嫌われる前提でいれば楽なのにね。

あ、

とはいえ
わざわざ嫌われろって事じゃなくてね、

私を嫌う人はどこまでも
私の事が嫌いで

何を言っても
何をやっても
どうせ嫌われるのだから

さっさと嫌われちゃえ!って話です。

 

私がこんな風に、言いたい放題に
発言するようになったのは

 

長い、長い、長ーーーーーいあいだ

ずっと

 

いつも他人様の顔色を伺って

 

いつも他人様に嫌われないように

 

いつも他人様の望むように

 

と、そうやって、

私の心に蓋をして

私を殺して生きてきたからです。

 

 

その結果、
何が起きたか?と言えば

 

私は

何がしたいのか

わからない。

 

 

 

私の心に、
今感じていることを聞き

思うことを練って

拙いながらも
それらを一生懸命、

自分なりの言葉にして表現し
相手に伝えるということをしなければ

 

いつまで経っても、
相手へ伝えることができません。

 

いつまで経っても、

自分が何を考え

自分が何をしたいのか?が、

自分のことなのに、わかりません。

 

 

私は何が好きで、
私は何がキライで、
私は何をしているときが一番楽しいのか?

自分の心に聞くことをしていないから

自分で考えることをしていないから

相手へ伝える練習をしていないから

いつまで経っても、伝えられない。

 

 

ずっと

「自分」の中に

「自分」がいない。

 

 

私は、私なのに

ずっと長い間、私のことを、知らなかったんです。

 

———————–

 

誰しも自分が生きることで精一杯で
正直になればなるほど

他人の事なんて
構っている場合じゃないの。

 

他人の多くは、気が付いていても
嫌われたくなくて、見て見ぬふりをする。

そんな中で
わざわざ自分に厳しいことを
言ってくる相手は

 

本当は自分にとって
一番に必要な人なんだけど

 

厳しいことを言われるのはキツいし
自分の事を律するのはしんどいから

楽をしたくて、逃げようとする。

 

逃げ出した先に待つ
そのまんまの自分を
良しとしてくれる人たちと

慰めあって
傷を舐めあっていても

人としては、一歩も成長しません。

 

 

私が私の意思を
私の言葉で
発言できるようになったきっかけは

 

私を叱ってくれた、

大人たちの存在です。

 

 

 

私の経験値だけの
狭い世界の中だけで
さも、世界を知ったかのような
傲慢な態度や

 

知ったかぶりで
面倒くさがりで
学ぼうとしないくせに
プライドばかりは
そびえ立つように高くて

 

あの頃の私を、私が見かけたら

間違いなく、

私が鼻っぱしを折りに行きます。

 

それほど、酷かった。

 

 

「若さ」という
尖りに尖った最大の武器を

怖いものなしで
ブンブン振り回し

周りの人たちを

ことごとく、

斬り付けていました。

 

 

 

ほんとうに、

ほんとうに、

あの頃の自分

深く深ーーーーく

穴を掘って埋めて

テメー!

も一!

一生そこから

出てくんなっ!

って思います。

 

 

きっと私の愚行を見ていられなかった
優しい大人たちは

私へたくさんの苦言を呈してくれたのです。

 

自分は嫌われてもいい。

 

という

 

それは

 

最大限のアイノカタチ。

 

 

もう死んじゃった人もいます。

ご縁が切れてしまった人もいます。

 

いま、私は
その人たちが行ってくれたことの意味が

ようやく理解できる年齢になりました。

 

 

お礼を言いたくても、
言えません。

 

 

あの時、

 

ちゃんと叱ってくれて

 

ありがとうございます。

 

 

あなたのおかげで

私は正気になりました。

 

 

あなたのおかげで

大人になるという

意味を知りました。

 

 

 

叱ってくれる、大人の存在が、有難い。

 

けれど、近頃、それが

無くなってきているな、と感じます。

 

 

それよりも、

体つきは大人のサイズをしているけれど、
中身が子どものまんまの
子ども大人が多いなと感じます。

 

 

・挨拶ができない。

 

・名前を名乗らない。

 

・ありがとうが言えない。

 

・ごめんなさいが言えない。

 

・約束を守らない。

 

・文章に主語がない。

 

 

 

そんな大人が多すぎる。

 

これらは、幼稚園生が、習うことですよ。

 

 

だから、私は、

ダメなことはダメだと、

人として間違った行為を、
ちゃんと叱れる大人になろうと
思っています。

 

 

電車などの公共施設で
よく見かける光景は、

 

お母さん同士が
大きな声でぺちゃくちゃと喋っていて
うるさい。

 

横にいる子どもたちが
きゃーきゃー騒ぎ
走り回っているのも
うるさい。

 

母親たちは、
子どもたちに向かって、怒鳴る。

「静かにしなさい!」

 

 

 

 

 

 

は?

 

 

 

 

コントか ww

 

 

 

 

 

それ

あなたがやっていることを、
子どもは真似しているだけですからねー。

 

 

アシタスタイルへも、
毎日お客様がいらっしゃいますが

挨拶ができない、
約束を守れない、
ルール違反を犯して
謝罪ができないなど、

人として間違っていることは、
キチンと指摘をして、
叱る理由を告げて、しっかり叱ります。

 

そうじゃなきゃ、

他人様から後ろ指を指される

恥ずかしい大人のまんまですからね。

 

 

アシタスタイルへは、毎日
疲弊する問い合わせが着ます。

 

私たちが最も疲弊し

労力を割くのが

キャンセルです。

 

最近特に多いのが、
お申込みをされ、
その直後にキャンセルされること。

 

書いてある理由が、驚きで

「予定があったのに
確認せず申し込んでしまいました」

 

キャンセル理由もなくキャンセルをされる意味が分からない方もいらっしゃるので、正直にキャンセル理由を告げられるだけ、まだマシですが…

 

 

キャンセルについての記事は
アメブロをやっていた頃

ブログやfacebookが炎上するほど
散々、書きまくりましたが、

 

そもそも

キャンセルをする

心理というのは

「参加前提」じゃなく

「キャンセル前提」

なんですよ。

 

 

とりあえず

申し込んでおいて

ダメになったら

キャンセルすればいいや。

 

キャンセル料、

払えばいいんでしょ?

 

 

こんな感じ?

 

 

 

では、
コチラからも言わせていただくと

 

子どもじゃないの。

 

あなたは大人です。

 

自分の予定は

 

ちゃんと確認して

 

申し込んでね♡

 

 

 

キャンセル手続き、

 

メールの送信、

 

返金送金、

 

機械がやるんじゃありません。

 

全部、人力です。

 

 

先に申し上げておきますが

当社は、そのようなお客様、お断りです。

 

キャンセル癖のある方、

全員ブラックリストに載せてますので、悪しからず。

 

 

 

 

事業をなさっていない方は、

キャンセルされることが
どれだけ疲弊するか?なんて
想像がつかないと思うので

例え話を、書いてみます。

 

来月15日は、
あなたの目の中に入れても
痛くないほど可愛い
愛娘・Aちゃんの6歳の誕生日。

 

Aちゃんの誕生日会を企画し、
Aちゃんのお友達に
声をかけたところ、

みんな喜んでくれて
「参加したい!」と
言ってくれました。

 

誕生日会に向けて、
あなたは準備を始めます。

 

・誕生日ケーキは
どれくらいのサイズがいいかな?

 

・Aちゃんのお気に入りの
あのケーキ屋さんに予約しよう!

 

・お部屋の飾りつけはどうする?

 

・お料理は、何を作ろうか?

 

・飲み物はどのくらい用意したらいい?

・食器は?
割れないもので可愛い色で揃える?

 

などなど、
Aちゃんと相談しながら、
お友達の喜ぶ顔を想像しながら
準備をするんです。

 

ところが、
いざ、誕生日の直前になって、

 

「ごめーーん。
予定が入ってたので行けない。」

「行けると思ってたんだけど、
ダメだった。」

 

そうやって、「来る」と
約束していたお友達が、
次々とキャンセル。

 

注文していたケーキ、
準備していた飾りやお料理は、
台無し。

 

楽しみにしていたAちゃんは、
「みんな来てくれると言ってたのに!」と号泣。
いつまでたっても泣き止まない。

準備に費やした時間、
大切な命の時間が削られていき、
約束を破るという行為によって、
すべてが水の泡になっていくのです。

 

 

イベントを運営するとは、
そういうことです。

 

これらは、ちょっとだけ、

相手の立場になって
想像すればわかることなのですが

 

便利な時代の弊害が

ここに生じている。

 

 

便利さは

考えなくても

物事が簡単に済んでしまう。

 

便利さは

人の考える力や

想像力を

欠如させる。

 

 

 

周りの人を見てごらん。

 

どれだけ楽をしようとしている?

 

どれだけ便利な道具を作っている?

 

どれだけ他人に頼っている?

 

どこまでも
自堕落な人間になる…

 

人は、いったいどれだけ怠けるんだか…

 

今の日本人が、ヤバいと
早く気づかないと
自分の足で立てない人ばかりになります。

まぁそれはそれで
地球としては自然淘汰なのですが。

 

 

自分の人生は
初めから終わりまで自分が主役です。

 

自分の足で立ち

自分の心で感じ

自分の頭で考え

自分で選び

自分で、歩むことです。

 

 

 

便利さを手に入れなかった
人間以外の動物は
みんなそうやって生きています。

 

 

動物は、
自分で動けるから動物です。

 

人は、
思考し、会話することで

より良い策を講じるのが、

人としての役目です。

 

 

歩かない、

考えない、

話し合わない、

もはや、

人ではありません。

 

 

自然の摂理に反すると
大きな大きなツケが回ってきます。

 

 

 

アシタスタイルの活動とは、

その名の通り

地に足を着けて生きる。

そう言うことです。

 

 

私は、嫌われることがちっとも怖くないですし

言いたいことを包み隠さず
ズバズバ言っている方が、

他人に合わせて生きていた頃よりも
自分の人生を
思う存分に生きている実感がある。

 

嫌われる人を気にするよりも

私の発言に賛同してくださる人の方を見て

私を必要としてくださる方へ対して、
私の命を削りたい。

 

何を言っても、
他人様は気に入らなければ叩くので

 

良い子でいても

どうせ嫌われるのだから

さっさと嫌われてしまった方が、
楽に生きられますよ。