日本式フットケア「靴の着付け」誕生エピソード

2019年9月1日。
アシタスタイルは5歳になりました!

 

いつもお世話になっております。

井手口です。

 

皆様に愛され、可愛がっていただき
ここまですくすくと育ちました^^

ありがとうございまーす!

 

5歳の誕生日に際し、ここに、

発表。

 

アシタスタイル®メソッドを

日本式フットケア

「靴の着付け」

と、名付けます。

 

先々月に、
「靴の着付け」を、
商標登録申請しましたので

来年の今頃には「靴の着付け」
アシタスタイルの登録商標と、なります。

 

 

本名:アシタスタイル。

愛称:靴の着付け。

ってとこですね。

 

 

さてさて、今日のブログは、
表題の通りですが

アシタスタイルの誕生日に際し

5年かかって、やっとやっと出た
一つの「答え」のお話です。

予めお伝えしておくと、
思いのたけを綴るので長いブログです。

お時間の許す方は、
お付き合いくださると嬉しいです。

 

 

◆モヤモヤの原因を探り続けた5年間
+++++++++++++++++

12歳から外反母趾の痛みに苛まれてきましたから

本格的に足と靴と身体の探求を始めて以降
アシタスタイルの創業以前は

私の中だけにしか正解がない「カラダの快適」を、なんとか再現できないものかと、ずっと試行錯誤しておりました。

快適と感じる足元を

キモチイイ足と、キモチイイ靴を、探し続けていました。

 

 

足の研究を始めた最初のころは、
リフレクソロジーで自分の足へ施術を施し、足の力だけで再現しようとしましたが、うまくいきませんでした。

 

何故ならば

どんなに足を整える施術をしても、

足の理想のカタチへ一時的に戻せても、

立ち上がった瞬間から

私の体重、地球の重力、

重い重い負荷によって

自分で自分の足を押しつぶし

すぐに崩してしまう結果と至ってしまうからです。

 

さらに、外出する際には、

その足、そのまんまの状態ではなく

靴という形の決まった容器の中へ

足を収める必要もある。

 

やはり
手技で整えたとしても
その状態を維持するための
履物が必要でした。

 

足袋や、草履や下駄が良いことは
すでに知っていましたが、

私の普段着は洋服だし

日常を着物で過ごしていないため
足袋や、草履や下駄での生活は
現実的ではないですし

 

耐えがたい痛みを抱える外反母趾の足は、
もはや
自分の身体を支える力すらも失っており

施術だけでなく
足そのものを鍛えるトレーニングを続けるも、
なかなか思うようには結果が出ず、、、

どうあがいても

やっぱり靴が必要なのでした。

 

しかしながら

私の足が「キモチイイ!」と感じる履物は、日本中探しても、見つかりませんでした。

 

欧米諸国の靴も、いろいろと試すけれども、やっぱり、いまいち、ピンと来ません。

 

 

そりゃあそうです。

 

だってね、

欧米諸国の皆さんが
日常身に着けているそれらの靴は、

産まれたときからすでに
「靴を履いたまま一日を過ごす前提」
の足に合わせて作られた靴です。

 

その靴は

・私とは骨格が違う異国の人用の靴
・私よりも筋肉量の多い人用の靴

・私より膜も皮膚も厚い人用の靴
・私より胴が短く脚が長い人用の靴
・私より足首が固い人用の靴

 

靴を履いて暮らすことが決まっている異国の人は、生まれた瞬間から靴を履く準備を始めるのです。

 

異国の人は、生まれてから死ぬまで椅子で暮らしますから、

日本人みたいに、畳みや床へ直接、座ることがありません。

正座する姿勢も、しゃがむ姿勢をとることがありません。

 

しゃがむ姿勢をとらなくていいし
足首をロックした状態で、靴と一緒に歩ける。

 

だから、彼らは、ショートブーツを好むのです。

 

・強固な足首を携えた人用の靴
・畳に正座をしない人用の靴
・椅子で暮らす人用の靴

では、

前提が違いすぎる。。。
( ;∀;)

 

私は、西洋人みたいには暮らせません。

1日中ずっと靴を履いては居たくない。

 

家へ上がる時には、靴を脱ぎたいし、

畳が好きだし

素足で過ごす時間のほうが多い。

 

けれども、いざ、靴を履いた場面では
のびのびと自由に足を使いたい。

 

どうせ靴を履くのなら、
横アーチの崩れた開張足のまんまで冷え冷えよりも、足が機能回復する靴であってほしい。

 

そんな
欲張りな私の足では

どんなに工夫をしたとしても

西洋人のための
西洋生まれの靴は、
履きこなせなかったのです。

 

探しまくっても無いとわかれば、

仕方がない。

 

だから、もう、私が知る世界には、

私が欲しい靴は、無いのだ!!と

とっとと諦めた!(笑)

 

靴がないのなら、
すでにある既存の靴の中でも
比較的しっくりくる靴を使って
技術で補おう。

靴の形、と
靴ひも、と
靴の履き方、とで
「靴の中でも足が機能する状態」を再現することにしました。

 

それを行って、私の身に起きた、あの日のことは、生涯、忘れることはないでしょう。

 

6年前の出来事です。

梅雨入りしたばかりで
しとしとと降る雨が続く中、

晴れ間を縫いながら、
足元の快適を再現し
外へ出て、歩いていました。

 

時には、
雨上がりを待ちきれず、
傘を差しながら歩いて検証した日もあります。

 

来る日も、来る日も、歩き続けました。

 

技術によって再現した「快適な足元」で「快適に歩行」を行ったら、劇的に、体調が好転していきました。

 

この日こそ、のちにアシタスタイル®メソッドとなる原型が、産声を上げた日です。

アシタスタイル誕生エピソード詳細はこちら

 


◆伝わらない、理解されない、アシタスタイル
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2014年9月に
アシタスタイルを世に出してからというもの、

「どんなことをやっているの?」
と、聞かれ

「足を本来の姿に戻す方法を教えています」
と答えると、

どなた様も同じように

「???」な表情をなさります。

 

 

「インソール屋さん?」
と、聞かれると

「インソールをカスタマイズでご提供していますが、インソールだけを提供しているわけではないんです」と答えると

「???」

 

最近では
「靴屋さんなの?」と聞かれ

「靴を販売はしていますが、靴屋が本業ではないんです」
と答えると、

また「???」

 

 

「治療的なこと?」と、聞かれれば

「アシタスタイルが治療するわけではなく、歩いて、自分で治療するんですよ。日々の習慣で、足を整えていきます。」と答えると

ますます「???」

 

つ、伝わらない。。。
( ;∀;)

 

人ってね、

回りくどかったり、
説明が長ったらしいと、

だんだん面倒くさくなって

「もういいやっ!」と、なるんですよ。。。

 

せっかく興味を抱いてくださった方が、

その「面倒くさそう」なハードルによって
アシタスタイルに出会えないことは、
とても残念で、もったいない。

 

それらは

私自身が、重々承知していました。

 

そんなこともあり、
「アシタスタイルって何やってるの?」の質問に一言で答えられるキーワードを探していました。

 

アシタスタイルが行っていることは
現在主流になっているフットケアとは、
解釈が、まったく真逆です。

 

他とは、なにが違うか?といえば、
あらゆる前提が違うのです。

 

例えば、

「フットケア」いうキーワードですが
アシタスタイルでは、
角質を削ったり、
魚の目を除去したり、
巻き爪を矯正したりしません。

自分で歩いて、自分で治します。

 

 

例えば、靴。

すでにある靴を、履けるように調整するシューフィッティングとも異なりますし

オーダーメイドで作るわけでも、ありません。

Femmush®に至っては、既成靴とは異なる解釈で開発設計しています。

足の「現状維持」ではなく、

足を「理想的に変化させていく

前提です。

 

歯の歯列矯正とか、
矯正下着とか、
そんなイメージに近いです。

 

ですから、

既存のフットケアや
フットウェア
には

比較となる対象の商材が
存在しませんから

新ジャンルとも言えます。

 

 

アシタスタイルの靴合わせは

単に靴へ足を入れるのではなく
なんとなく靴を履くのではなく

足を「小さなボディ」と捉えて

骨格を整えながら
筋肉の動きを促すように
足と対話をしながら、
靴を履きます。

自分の足の特徴を理解し、
適正な靴を用いて

足が機能するよう、
足本来のあるべき姿へ整える技術です。

 

その技術により

私の足で再現できた快適な足元と快適なカラダは、

まるで、

大好きなアンティーク着物を纏ったときのようでした。

 

その感覚は、まるで、

赤ちゃんのちっちゃなカラダが、

「おくるみ」でしっかり包まれたときみたいでした。

 

 

お母さんの温かい体内で、

お母さんの子宮で守られている

胎児のときの記憶に似ていました。

 

 

◆日本人としての本来の姿は着物と共にあり
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昔の人のカラダサイズ、
その人に合わせて仕立てた着物は
私には小さな着物ばかり。

小さく仕立てられた
平らな布を

カラダに沿わせ、

工夫して布を重ね、

心地よいところを探し

ぎゅうぎゅうに締めなくて済むよう
出来るだけ紐を少なくして

着崩れないように

快適にキレイに過ごせるように

動きやすいように

苦しくなく
ご飯が食べられるように

自分に着物を着せ付けていく所作に
とてもよく似ていました。

 

初めて自分一人で着物を着たときに
(これが本当の私の姿だ!)と

あるべき姿に戻ったような
不思議な感覚を体験しました。

 

キレイに着られたときは
本当に気持ちが良くて、
着物を脱ぎたくなくなりました。

 

布の面積が小さい分、
アンティーク着物を纏ったときは
カラダが華奢に見える視覚効果もあり

カラダ全体が、「キュッ」と、
布で適度な塩梅で包まれている安心感。

コンパクトに纏まった身体は
必要以上に大きく開くことがなく、

帯は勝手に背筋を立ててくれて

着物を着るだけで、

背筋がピンと伸びました。

 

着物を着ていると、
私のカラダは着物から自然に「背筋を使わせられ」ました。

 

いかに普段の洋服姿勢では
使っていない筋肉が多いのかを
着物を着ることで知ることもできました。

 

アシタスタイル®メソッドは

靴の面と

靴の紐を使い

足を本来あるべき姿へと整える「靴の着付け」なんです。

 

そうやって靴を履くだけで

快適な足元が再現できて、

快適歩行ができて

カラダがカラダを

適正な形へと

本来あるべき姿へと戻していくのです。

 

自分でも、気が付かないうちに。

いつの間にか勝手に。

 

靴が仕事をしてくれて、

足が仕事してくれて、

カラダが仕事してくれる。

 

道具が道具として働き、機能してくれて
機能する足が、カラダを運び、

カラダが機能し
カラダがカラダを勝手に整える。

自然治癒力の、本来の形。

 

人間以外の動植物たちは、みな、道具を持ちません。

それなのに、地球で、自身の身体だけで、そのように暮らしていますよね。

 

 

◆急激に変化する時代と変化しないままの意識
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日本人が着物から離れたのは、
仕方がないことなのかもしれません。

 

歴史とは、

scrap&build の永遠のリピート。

破壊と創造の繰り返しです。

 

直近の戦争で、多くを失った日本は
本来引き継がれるべき先人の知恵を亡くした状態で
USA流の再建が成されていきました。

 

目を背けたいほどに見せつけられ、
目の当たりにした、大国の力。

 

私はその時代を生きたわけではありませんが

日本人としての誇りを無くさざるを得なかった状況だったのではないかなと、想像に難くありません。

 

戦争とは、命の存続の危機です。

 

自分自身が、

また、愛する人が、

「いつ死ぬか?」

毎日が死の恐怖との戦い。

 

 

そんな長い長い戦争がやっと終わり

絶望の中にも
僅かな希望をもたらしてくれたのは
皮肉にも、
昨日まで敵とみなしていた人々でした。

 

 

その容姿は
青い瞳に、高い鼻、白い肌、
金色に光る髪に、サングラス。

流暢な英語、
すらりと伸びた長い手脚、
筋肉質で逞しく分厚い胸板、

惚れ惚れする肉体で
悠然と歩く大国の人の姿は

自身のコンプレックスと相まって
次第に憧れへと変貌していく。

 

その裏には
計り知れないほどの悲哀と
後悔と、嫉妬を、抱えたままで。

 

必死で日々を生き抜いたであろう、終戦後の日本人。

 

今日を生きるのに必死で
今日食べることに必死で

 

振り返るゆとりもなく
俯瞰して眺める余裕もなく

きっとどこかで、日本人は
ボタンを掛け違ってしまったのだと思います。

 

自分たちの選択によって破壊してしまった街は、がれきの山に、焼野原。

 

何にもなくなってしまった所に求められた急務は

生産性、

効率、

スピード、

でした。

 

日本人が着物から離れていった理由は、いろいろあります。

 

火災が起きたビルの高所から
非難する際に、
腰巻だけを身に着けた着物女性は、
裾がはだけ
下半身が露わになることを
恥ずかしがり、
逃げ遅れたと聞きます。

 

男手が消えた日本の労働力は
間違いなく若い女たちで、
きっと、
身を粉にして働いたのだと思うのです。

 

簡単に着られて、

簡単に洗えて、

いつの間にか、衣服は

洋服が当たり前へと変わり

服は「消耗するもの」へと

変わっていったと思うのです。

 

 

着物は、一反(約12メートル)の布を余すことなく使い、作られます。

 

長い反物は、 

解けるように

洗えるように、

手入れしやすい前提で仕立てられ、

丁寧に洗い張りをし、

大切に扱われ、

親から子へ、
子から孫へと引き継がれ

着物から、襦袢へ、おむつへと

破れるまで、裂けるまで使われ

端切れ布は、継ぎ接ぎして使われ

雑巾や、はたきへ形を変え、

最後は灰になるまで

余すことなく消耗された。

 

 

日本の着物文化とは、

着物だけを指すのではなく、

日本人の考え方、

日本人の生き方、

和の所作、

和式のカラダの使い方、

在り方のすべてです。

 

その時代の「道具」は、常に、その姿を変えていきます。

 

形あるモノは、いつか消えてなくなります。

 

 

ですが、

記憶、知恵は、「技」として、伝えられ、後世へ残っていきます。

 

 

着物文化・和文化を手放してしまった日本人は、

日本人の形をしているけれど

もはや、日本人ではなくなっている昨今を憂います。

 

 

だから、着物を、和文化を、廃れさせてはなりません。

 

 

今後は、

「アシタスタイルって何をやっているの?」
の質問に対して

「日本式フットケア・『靴の着付け』スクールです。」
と答え

 

アシタスタイルは、

靴を脱ぐ習慣の国に、

靴を着付ける「道」の新習慣を築くことを、ここに宣言いたします。

 

 

時代がどんなに移ろうとも、
道具の形が変わろうとも

真理はいつも、原理原則に基づきます。

 

それは、

普遍的、かつ、不変的です。

 

 

私自身も、足づくりを進めながら、日本人として、さらに着物を纏う時間を増やしていきたいです。

 

Special Thanks!!

「靴の着付け」の名付けへ至るまでのヒントをくださった皆様。

無趣味だった井手口へアンティーク着物の底知れぬ楽しさを教えてくださった 絵本作家の みみつぐみ さん。

浅草・和むろ 履物職人の 茂木篤雄先生。

まぁるい抱っこの 辻直美先生

無重力着付けの 田中千衣子先生

心より、お礼を申し上げます。

 

 

全ての共通点は、本来あるべき自分の姿、です。

 

 

最後までお読みくださり、ありがとうございます!