母が教えてくれた認知症という病気の正体④父から電話

連載記事です
母が教えてくれた「認知症」という病気の正体①緊急事態発生
母が教えてくれた「認知症」という病気の正体②父への手紙
母が教えてくれた「認知症」という病気の正体③母の願い

 

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父への手紙をポストへ投函してから
3日目。

父から電話がかかってきました。

 

私には、
父の性格も、父の行動も、想像がつく。

 

たぶん、父本人からは、
手紙が届いたことを、口にすることはありません。

 

だから

父が話したいように、

話してもらおうと考えていました。

 

 

電話をとると

「ああ、お父さんです。」

 

「お父さん、おはよう。

体調どう?
腰は?手首は?大丈夫?」

 

「うん。この前よりかは、
すこーしはマシになったかなぁ。

調子の良かったけんなー
調子に乗ったとやろうなー(笑)

痛みのなくなったときに
もう大丈夫やろうって、行かずにおったけど

また治療に行きよるけんね。

まぁ、ボチボチやりよります。

 

そうそう。

あっくん、
先生にボトックス打ってもろうてきたばい。

そしたら

『カラダのよう動く~』っていうて
昨日はいつもの二倍の時間、訓練したぞ!

 

先生と山登りの予定のあるやろうが?

そいけん、がぜんやる気になっとっと(笑)」

 

「そいは、良かったね!

あっくんさ、この前会った時に
フツーに座っとるときも
姿勢の保てんでから
コロンコロン床に転がって
倒れよったけん

『あっくん、大丈夫?
座れとらんたい!』

って言うたら

『カラダの言うこと聞かんとやもん。
ボトックスの切れたけん、
緊張の強く出るとさ』

コロンコロン倒れるとの可笑しかっていうて
兄ちゃんとゲラゲラ笑いよるとって
言いよったもんね(笑)」

ボトックスというのは、
筋肉の緊張をゆるめる注射で
弟のリハビリを行っている
整形外科の先生が数か月おき
定期的に行ってくださっている治療です。

 

そんな会話で、ゲラゲラと大笑い。

ひとしきり笑い、場が温まったところで

ようやく、父がポツリ。

 

「手紙、届いたよ、ありがとうね。

おうち(あなた)が書いてくれたことは
オイも、ようわかっとっと。

オレの言葉が足りんとも

オレの言い方が悪かとも

ようわかっとっとさなぁ・・・(沈黙)」

 

 

「うん。お父さん。ありがとう。

手紙ぜんぶ読んでくれて、ありがとうね。

 

言われたくなかったこと
たくさん書いてしまったけど

ぜんぶ読んでくれて、嬉しい。

 

 

心配せんでも、大丈夫!

これから、みんなで力ば合わせてやっていこう!

みんながどうやったら
ストレスなくて
笑って過ごせるかば

みんなで相談して、考えよう。ね。

お母さんさ、初めて、
自分が「こうしたい」って言葉に出したし
ここからがスタートやけん。

 

お父さんも、疲れとるけん

しばらくゆっくり休まんね。

 

私が、お母さんの安定するまで
お母さんのそばに、おるけん

安心して。

 

 

だいじょうぶよ。

お父さんも、お母さんも、
二人とも相手のことを思い合っとるし

二人ともお互いに
優しい気持ちになりたいって思っとるし

目的は、同じ方向、向いとるもん。

 

 

大丈夫。

方法は、私が探すけん、

私に任せとかんね!

 

 

窮地に追い込まれれば追い込まれるほど
魂が燃え滾るのは私の性分。

 

そして、やると決めたらやる。

 

むかし、両親は、良く言っていた。
「まーちゃんは一度言い出したら聞かんもん」
「こっちが根負けする」

妹から、良く言われていた。
「ねーちゃん、もう!しつこい!」

 

 

そう、私は、しつこい。

 

ゼッタイに諦めない。

 

 

しつこくて、
しつこくて、
ずっと根に持ち、どこまでもしつこい。

そんな厄介で嫌われがちな、
私のネガティブは

「しぶとさ」へと
「諦めない気持ち」へと
ポジティブ変換され、

 

いつも、土壇場になると、大いに本領発揮されてきた。

 

「ありがとうね。」と、父が言った。

 

そうなのだ。

父も十分にベストを尽くしている。

 

だけれども
そのやり方が、今までのまんまの方法だと
母には伝わらなくて望む結果が出ていないだけだ。

 

 

 

「私に任せろ!」と言ったものの

「大丈夫!」とは言ったものの

この時点で、ノープラン。

 

 

「大丈夫」「大丈夫」と、言ったけれど
父ではなく、まるで自分に言い聞かせてるみたいに
何度も大丈夫と言った。

 

いま、全然大丈夫じゃないんだけれども、
なぜか「大丈夫」にしていける、と
例えようのない根拠のない自信が
私の奥で沸沸と音を立てているのを感じていました。

 

 

物事はシンプルです。

因果応報。

つまり、
原因があり、手段を経て、結果へ至っています。

 

望む結果を手に入れるためには、
今までのプロセスを変えるだけ。

 

今までに、あなたが選択した方法で
望む結果を手に入れられましたか?

 

原因は明白ですよね?

だったら、プロセスを変えればいいの。

その方法が、アシタスタイル®メソッドです!

 

 

アシタスタイルの講座で、
毎回、毎回、私が、
受講される皆様へ、コミットメントしていることそのもの。

 

 

そうだ、私は、大丈夫。

ずっと、これでやってきたんだから。

 

 

すでに母が叶えたい望みは、本人が勇気を振り絞り
ハッキリと口に出しました。

・外へ出たい。

・一人で自由に出かけたい。

・怒鳴られたくない。

・いつも笑顔で、優しい世界に住んでいたい。

・お洒落をしたい。

・愛する夫を、憎みたくない。
(私が感じた深層心理です、後ほど書きます)

 

 

母は、望みを叶える方法が分からずにいる。

父のやり方では、母の望みを叶えられていない。

 

だとすれば

原因を明白にし、プロセスを変えれば、
望む結果は、必ず、出せるということ。

 

 

この時点で微かに見えていた

一筋の希望の光は

一切、心を包み隠さない正直すぎるほどの父、と
メンタルもフィジカルも強靭な母、でした。

 

 

私は、心に、決めたのです。

 

「二人が持つソコヂカラを徹底的に信頼しよう。」

「周りの皆さんの力を借りよう。」

乗り越えられない壁はない。私の力を信頼しよう。」

 

 

私が私の耳元で、囁いた。

 

そうだよ。

何てことはない。

 

アシタスタイルを創った私が

口先だけでなく

実(じつ)の行動で

そのまんまの私で

地で行けばいいんだよ。

 

 

続けて、私が、囁く。

 

人の可能性は無限だと、

いつも、言ってるよね?

 

 

あなたはまだまだこんなものじゃない!

って。

 

 

そう。

わたしは、まだまだ、こんなもんじゃない。

父は、こんなもんじゃない。

母は、こんなもんじゃない。

 

 

 

こうやって綴りながらも、
あの頃の母を思い出します。

東京の桜は満開だったけれど
母はまだ、ずっと閉じていて

いつ開くのかわからない

このまま開くことなく枯れてしまうのかも知れない
硬い硬い蕾(つぼみ)のままでした。

 

 

 

さて

「雅恵さんのブログ、長い!」

「読むのに勇気と覚悟がいる!」

「気軽に読めない!」
っていう、クレームが続出しているため
このくらいの短編で書き進めていこうと思います。

このくらいでいいよね?(笑)

 

 

長崎の実家から母を東京へ避難させて2ヶ月間。

この後は、母が取り組んだことと
それにより起こった母の変化を記します。

つづく。

 

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